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精神病患者が「恐怖を取り除く方法」について

 人は「恐怖(違和感)」を感じると、「嫌だ」と無意識に考えて「恐怖を取り除く」行動を行います。
 これは、人が生きるためにもつ「防衛本能」であることは以前お伝えいたしました。
 特に「恐怖」は赤ちゃんが「自分を守る」ために必要な「感情」になります。
 実はこの「恐怖を取り除く考え方」によって、精神病になるのか、ならないのかが決まります。 後はその考え方次第で、病名が決定します。
 話を元に戻します。幼い頃は「感情」⇒「行動」の順で物事を考えてきました。
 その理由は、「何も知らない」から「恐怖を取り除く方法がわからない」からなのです。
  例えば、赤ちゃんはお腹がすいても、うんちをだしても、「泣く」行動をします。
 ここで、赤ちゃんの気持ちになってください。 あかちゃんにとっては定期的に突然「違和感」を感じるのです。
 それがなぜなのかも、どうすればよいのかもわかりません。だから、赤ちゃんは「恐怖」を感じ「泣く」のです。
 面白いことに、それでも親は「子供がかわいい」と笑っています。
 このような親の行動は健常者も精神病患者も同じような行動をするでしょう。
 これはすべて「原因を取り除けば、安全であるということを予測できる」からなのです。
 もし、赤ちゃんが大人であれば、「俺はこんなに苦しいのに何で笑うのか?」と思うのでしょう。
 これが精神病患者と健常者の視点の違いです。
 でも、大人はその理由(原因)を理解し、赤ちゃんのために行動(原因を取り除く)します。
 だから、赤ちゃんは親がいると「安心」するのです。
 すべては、赤ちゃんが自分でご飯を食べたり、トイレにいったりするなど、「行動できない」からなのです。
 赤ちゃんは大きくなると、「恐怖」と「戦う」行動をします。
 この戦う武器こそが「好奇心」なのです。「好奇心」とは「珍しいことや未知のことなどに興味をもつ心」と定義されています。
 赤ちゃんは何も知らないため、すべてが珍しく興味を持ちます。
 そして、「触ったり食べたり舐めたりする」などの行動ことによって「経験」するのです。
 親は「子供を大切にしたい」と思っているため、「褒める」「怒る」などの行動をします。
 「良いこと」は「褒める」、「悪いこと」は「怒る」などにあたり、一般的には「しつけ」と言われています。
 「しつけ」とは「日常生活での行儀作法や生活慣習の型を身につけさせること」であり、目的は広い意味で言うと「子供が幸せになるため」です。
 基本的には「他人に迷惑をかけないこと」すなわち、「周りから大切にしてもらえる(愛される)」結果が得られるように「しつけ」を行うことになります。
 まずご理解いただきたいことは、「しつけ」とは「周りから大切にされるため」の「手段」なのです。
 しかし、子供は「何も知らない(無知)」であるために親の気持ちなど関係なく、「好奇心」を優先に生きます。
 一方、親は子供の行動内容によって「結果」がわかるため、「行動内容」によって「注意」することがあるのです。
 すなわち、親は子供に「注意するという恐怖」を与える存在でもあります。
 その理由は、親の視点でいうと「子供が周りから大切にされるため」であり、「未来」を考えていない子供の視点では「今行動したいことを制限されている」ように感じ、「生きづらさ」を感じることになります。
 この「生き辛さ」は子供にとって「嫌」な感情であり、次第に親を「憎む」ようになる原因となるのです。
 ここで問題です。親と子供の考え方の違いは何でしょうか?




 その答えは以下の通りになります。
  親:「目的(周りから大切にされるため)」 ⇒ 「行動(しつけ)」 ⇒ 「結果(子供の結果)」

子供:「感情(好奇心や恐怖、怒りなど)」 ⇒ 「行動」 ⇒ 「結果(嬉しいや悔しいや悲しい)」


 親の「結果」は「子供の行動結果次第」で、親の感情が「楽」にも「苦」にでもなるのです。
 残念ながら、親は自分自身で感情を作ることができません。なぜなら、最終的には、子供がきめて行動するからです。
 子供が「結果」を出せた時だけ、親は「楽」になることができます。
 所詮、親にできることは「支える(ここでは、しつけ)」ことだけなのです。
 親の視点でいえば、子供はたくさん「嬉しい」を感じさせる存在であると同時に「苦しい」もたくさん感じさせる存在でなければなりません。
 本当は親も子供に優しくしたいです。しかし、それでは、子供が「自分で自分を守る」ことができなくなります。
 なぜなら、子供は「自分で自分を守る」ことができないからなのです。
 今は親が子供を守っており、親は何れ子供を守れなくなります。
 だから、親は心を鬼にして、子供に「しつけ」を行うのです。
 親の目的は「親の都合の良い結果」ではなく、「周りから愛されるため」なのです。
 ではなぜ、親は子供を「怒る」のでしょうか?
 「できない」は「恐怖」を感じさせます。目的のない子供には、「恐怖と戦う」理由がないのです。
 だから、親は「恐怖は戦って乗り越えるものだ」ということを無意識に覚えさせる必要があります。
 それが「恐怖を与える(親が叱る)」役割になります。
 幼い頃の私で言えば、父に「怒られる」よりも「嫌いな物を食べれる」ようにする方が「楽」でした。すなわち、「嫌いな物を食べる」ことが「恐怖」ではなくなったのです。
 だから、私は好き嫌いがない、すなわち私が食べるもので他人に迷惑かけることはないという結果が得られたのです。
 話を元に戻すと、親は「自分で自分を守れるようにできる結果」をだせなければ、自分も子供も幸せにならないことを知っているから、年齢など関係なく、「怒る」行動をします。
 ということは、親が怒る必要のない環境を自分で作る、又は親に納得させることこそが、「自分で自分を守れるようになっている」という指標となるのです。
 親は子供に必ず1度は嫌われます。それでも親は子供を大切にする(しつけ)を行います。これが、「子供のため」という「愛情」になるのです。
 よく考えてください。親は何のために「自分が嫌われる(子供を怒る)」行動をするのでしょうか?
 子供は「世間体のため」や「親のため」などと色々と考えます。しかし、よく考えてください。
 親は子供が必要ないと思えば、捨てればいんです。子供を捨てて逃げ出す親もたくさんいます。
 それでも親は「見捨てない」事実も理解してほしいのです。
 「愛情」とは「褒める」と「怒る」の2面性があるということをここではご理解いただきたいのです。
 ここで、良い親は子供の視点で物事を考えるのですが、親は子育てを初めて経験するため、どんな親でも子供の気持ちを完全に理解することはできません。
 その理由は子供は「感情」を「目的」とするため、「子供の考え方を知ることができないから何をしたいかわからない」のです。
 「感情」は「考え方」によってかわります。「信頼できる人」と「見知らぬ人」によっても、例えば「馬鹿」と他人に言われても、「信頼できる人」であれば「冗談だな」と感じる人もいますし、「見知らぬ人」であれば、「何か迷惑かけたのかな?」などと「捉え方」が変わるのです。
 子供の気持ちを理解できない親は子供に対して、「目的(子供のため)」を連呼する方がいます。
 しかし、本当は「ごめんね、私には貴方の目的がわからない」という意味もこめられていることになります。
 必ず、子供の目的は親と別にあるため、「どこが自分のためなの?」から始まり、次第には「未来の自分のために今の自分を犠牲にしていいのかよ」などと感じるようになるのです。
  上記は親も子もすべて「正常」であり、目的を「子供の未来(子供は知らないこと)」にするか「感情を手に入れること(今を大切にする)」にするかの違いであるため、精神病要因にはなりません。
 ここで問題となるのが、親に対する子供の行動と、子供に対する親の行動です。
 親は子供に対して「嬉しい(成功体験)」を教える必要があります。
 「しつけ」は「手段」であり、「教える」ことが重要なのではなく、「良い結果を出させる」ことが重要なのです。
 そして、親は「良い結果を出させる」だけではなく、「子供を納得させる」ことも重要な要素となります。
  例えば、子供が油の中に手に入れて親が怒ったのであれば、親は「子供が油の中に手を入れない」結果を欲しいと思います。
 そこで、子供が「本当はぬるぬるして気持ちいいから触りたいのに・・・」と感じれば、子供は「親のため」に「我慢」することになります。
 ですから、子供の視点で言えば、「結果」とは「良い子」であることなのです。
 でも、親が望むのは「結果をだして周りから大切にされてほしい」なのです。
 もし、子供が「ぬるぬるして気持ちいいから触りたい」と親に甘えた際、例えば「親と一緒だったら、油を触っていいよ」などといえば、子供も親も満足できることになり、子供は親を信じよう、又は話しようとします。
 しかし、「危ないから触ってはだめ」としかいえない親は、子供は「恐怖」のみを感じ、親に「自分の気持ちを話す」ことができなくなることにつながるのです。
 理想の親は「怖いけど優しい人」である必要があるため、親はずっと苦しんでいる課題の1つとなります。
 次に、子供の話をします。子供は「好奇心」を優先することで「経験」を学び、「失敗の怖さ」を学びます。
 すなわち、「好奇心」⇒「行動」⇒「結果(嬉しさや悔しさ)」です。
 しかし、失敗による「恐怖」を恐れ、次第に子供は「好奇心」が失われていきます。
 そして、これまでの「経験」から、「目的(楽しむこと)」だけに絞り、「行動」を行うのです。
 すなわち、「楽しむこと」⇒「行動」⇒「結果(楽しい)」なのです。
 忘れないでほしいことは、子供が「好奇心」を優先することができたのは「恐怖となる結果を知らない」からなのです。
 ここで子供が、もし、自分がいじめの対象となったり、両親に離婚されたなどを経験するとどうなるでしょうか?
 子供は親に「嬉しい気持ち」を与えてもらえる存在と考えているため、「嫌な気持ち」=「良い子ではない」と考えてしまい、「良い子になる」ことを頑張ろうとしてしまうのです。
 しかし、子供は自分で「嬉しい」の作り方を知りません。だから、「トラウマ」となってしまいます。
 そして、いつのまにか「良い子になるために頑張る(我慢する)」と言うことを覚えてしまうのです。
  すなわち、目的が「他人のため」⇒「行動(頑張る)」⇒「結果(嬉しいや悲しい)」で生きてしまうことになります。
 これでは子供の行動は「頑張る」ことしかできない人間になります。
 そのため、このような子供は「人よりも頑張ってきた」と感じるようになるのです。
 「他人のために頑張る」子供は親と同じことをしていることになります。
 しかし、親は「他人に大切にされる」方法を多少なりとも知っているものの、子供は経験がないために「他人に大切にされる」方法を全く知りません。
 むしろ、「他人のために頑張るから、他人に大切にしてもらえる」と勘違いしてしまうのです。
 「他人に大切にされる」大きな要素は、「自分を大切にする」ことであるにもかかわらず、子供はそのことを知らないで育ってしまうのです。
 子供が「他人のため」に頑張ることは、「他人に大切にされる」ことを経験できない上、「我慢」と言う行動が「ストレスを1人で抱え込む」ことにつながってしまいます。
 結果的には、「他人に大切にされていると理解することができない」、「自分の気持ちを素直に他人へ伝えられない」大人になってしまい、このような子供は「他人から大切にしてもらえない」結果を出す大人へなってしまうのです。
 なぜなら、「信頼している人」に「怒る」行動をされても、「もっとがんばらないといけない」と感じ、「怒られている意味(相手の気持ち)」を理解することよりも「嫌われる恐怖」を取り除くことを優先するため、「ストレス」しか感じません。
 また、「自分の気持ちを素直に伝えない」のであれば、相手もその子どもの気持ちを理解できないのです。
 まとめますと、「大切にしてもらっていると実感できなかった子供」は、「相手の気持ちを正しく理解できない」、「自分の気持ちを大切な人に素直に伝えられない」ことにより、「他人から大切にしてもらえない」結果を出す大人となってしまうのです。これが、私のいう「生き辛い」と感じる理由となります。
 本人は「頑張る」ことは当たり前と感じ、その目的は「違和感(恐怖)を取り除くため」となっているのです。
 本人はずっと「違和感を取り除くため」に行動していることすら気づいていません。
 ただ、本人は「他人から大切にしてもらう」ため、精一杯頑張り、本人は「結果」を出さなければならないという「結果主義」になってしまうことになります。
 もちろん、子供は「大切にしてもらう」ことを「実感」していれば、精神病には滅多になりません。
 「大切にしてもらっている」と実感できていないからこそ、「私は親に大切にしてもらった覚えがない」という感覚を感じて生きており、その結果「親が大嫌い」になる結果となるのです。
 すなわち、子供は「相手のため」になっていなければ、「違和感(恐怖)」を感じ、「頑張る」癖が身についてしまうことになります。
 だから、精神病の方は「頑張りすぎ」と周りから呼ばれるようになるのです。
 要因は,「子供が他人に甘えていない」ことであり、「甘える」を知らないからこそ、「頼る」ことを知らないのです。
 その結果、「自分を大切にすることを経験できなかった」のです。
  これは「親」「子供」「環境」など色々なことが複雑に絡み合っており、特に子供が「トラウマをもつ」ことによって、子供は「自分よりも他人を大切を優先する」大人へとなってしまうのです。
  私個人としては、「精神病」にかかる多くの方が「人を愛する力」が人よりも能力が高いと思います。
 その理由は「他人のために頑張る」ことは当たり前だからなのです。
 ただ、「精神病」の方は私が相手をいくら大切にしても、「足りない」とも感じます。
 それは「満足できない」からであり、「大切にしてもらい方」がわからないからなのです。
 そして、このような方は「満足できない」理由を探します。最初は自分を責め、「もっと頑張る」ことで満たそうとします。
 しかし、「頑張りすぎ」によって「精神病」になるのです。
 本人は「私の人生は自分が幸せになるのではなく、他人を幸せにすることなんだ」と悟る方もいるでしょう。
 「精神病」にならなければ、もっと苦しんでいたに違いありません。
 では、なぜ精神病は大人になってから、発病するのでしょうか?
 その理由は「甘えたい」のに、大人になると、「甘える」ことは「悪」であることを学び、「頑張る」しかできないからなのです。
 多くの方は「頼る」を知っているため、「息抜き」が自分でできます。
 でも、精神病になる方は「頼る」を「甘える」と感じるため、「頑張る」ことしか許されないと思っているのです。
 だから、「精神病」になる人は「甘える」ことを強制的に周りがさせて、「頼る」を覚える機会を作ることが望ましいと私は考えています。
 そうでなければ、「精神病」が良くなっても、「頑張る」ことにはかわりないからなのです。
 

 話を「恐怖」に戻します。このように、精神病は「頑張る」ことをしなければ、「恐怖」を感じることになります。
 「頑張る」理由は「恐怖」を感じるからです。ですから、治療には「恐怖と感じることを体験をさせる」ことが必要不可欠になるのです。
 ではどうのようにして、「恐怖」を取り除くのでしょうか?
 この方法を確実に実現することができれば、必ず3~6ヶ月で治ることを保証いたします。それ以上かかる方は、必ず行動できていません。その場合は、できていない理由を考えてみてください。
 精神病の方はよく次のように言います。「治せるものならば、治したい」。これは本心で言っている言葉だと思います。
 だったら、それを証明してください。次の方法を実行できれば、100%治ります。
 そのかわりに「死ぬほど苦しい」思いをします。逆に言えば、正しく「苦しむ」ことをすれば、必ず治るのです。
 以上の覚悟がある方のみ、以下をお読みください。ここからは治療方法になるため、有料会員のみの回覧となります。
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Author:よっし~2
 精神病の彼女と僕が精神病を乗り越えて結婚までを描いた日常を「ドラマ」に記載しております。今では彼女から妻へ変わり、さらに病状は日々改善しております。
 その際、介護側である私が思いついたことや、病気の紹介などを「治療方法」に記載しております。
  2013年2月より「精神病の彼女と僕 ~私と彼女が幸せを掴むために~」が「まぐまぐメルマガ」でデビューすることになりました。
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