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「生きやすい」生活を過ごすためには?

最近、「死にたい」「怖い」「辛い」などと感じると、「精神病では?」と「不安」になるぐらい「精神病」という名前が浸透してきました。
 このような「息苦しい」感情は「生きる希望」を奪い、最終的には「なんのために生きているのか?」などと考えるきかっけになるのかもしれません。
 このような状態は、「神経症(ノイローゼ)」になる傾向が強いと、私は感じています。
 
 ではなぜ「息苦しい」のでしょうか?その根本的な理由は、「息苦しい感情の取り除き方がわからない」からではないかと私は考えています。

 本来、人は「息苦しい感情の取り除き方」を知っています。
 しかし、「認知のゆがみ」と呼ばれる「自分自身で作り出した固定概念」によって、「息苦しい感情の取り除き方」に気づけないことが多いのです。

 では「気づけない」例について記載いたします。
 例えば、A君とB君がいます。A君はB君を信頼していました。ですから、A君は「困ったこと」があると、B君に「相談する」ことで今までは「問題解決(楽)」になれると無意識に考える癖を持っていました。
 ある日、A君は「猛毒の蜂」に刺されました。A君はこれまでに「蜂」に刺されたことがなく、いつものようにB君へどうするべきか相談しました。
 B君は「蜜蜂」にさされた経験があり、その時は「何もしなくても大丈夫」と理解していたのです。
 もちろん、「猛毒の蜂」にさされたことはありません。
 しかし、B君は「猛毒の蜂」と「蜜蜂」の違いに不信感を感じず、A君に「何もしなくても大丈夫」と教えてもらいました。
 A君は「安心」を感じ、「何もしない」という処置をとりました。その結果、A君は蜂の毒が体中にめぐってしまい、入院することになりました。

ここでいうA君は何でも「B君の言葉を信じる」という「認知のゆがみ」があり、正しい治療方法にきづくことができなかったことになります。

また、B君は「猛毒の蜂」と「蜜蜂」との区別がつかなかったため、「誤解による間違った治療方法を伝えること」により、「自分がA君をくるしめてしまった」というトラウマを作ってしまうことになったのです。

このように、「認知のゆがみ」は必ずしも「問題解決」につながることはなく、問題を「酷く」することもあるのです。

 本例のように、「猛毒の蜂に刺される」は短期間の問題ですが、長期間の問題であれば、「気づく」まで「苦しみ続ける」ということになります。
  「気づかない」ということは「何もしていない」ことにつながり、「ストレスを我慢し続ける」ことになります。
そして、これは「ストレスを感じさせられている」につながるため、今度はこのストレスに対して「イライラしやすい」などの別の「ストレス」が作られるのではないでしょうか?

 「イライラしやすい」理由は「何も見当たらない(経験がない)」ため、今度は「何もわからないことのストレス」によって、「パニック障害」などの「障害」へ発展するのではないかと私は思います。

 特に、境界性人格障害や解離性障害、アダルトチルドレンなどに該当すると思われている方は、「問題を1人で抱え込む」という「認知のゆがみ」が強い傾向にあるように思います。
 
 これが「孤独感」という「寂しい」感情を引き起こし、「感情の破壊の迷路」につながるのではないかと私は考えます。

 このように、「認知のゆがみ」は「本人の性格」と周りに判断され、「周りから嫌われる」ことにつながります。

 すべては「1人で問題を抱え込む」という「認知のゆがみ」から「ストレスを我慢する」癖を生み出し、その結果、「自分のストレスを解消することができない」状態になるのではないでしょうか?
 「自分のストレスを解消することができない」状態になると、「希望(前向き)」を生み出すことができなくなり、「できなくてもいい理由(我慢しなくてもいい理由)」を探し、何かを「続ける」ことができなくなるものと私は推測しています。
 もちろん、できなくてもいい理由を探しても、「自分のストレスを解消する」ことができるようになりません。
 結局、ストレスは「自分に感じる」ために、「生きづらい」状態が続くことになると私は思います。

 以上のことから、私の考える「生きやすい生活をする」には、まず始めに「1人で問題を抱え込まない癖をつける」、すなわち「相談相手」が必要であると考えます。
 もちろん、「問題(気になること)を解決し、ストレスを解消する」ことは大切でありますが、それ以上に、「問題解決できる理由を理解する」ことが重要になります。
 これは「自分の知らなかったストレスを解消する方法」を学ぶためです。
 上記は「生活に支障がある(仕事ができないなど)」人を対象とした場合に効果的な手段となります。

 次に「生活に支障があまりない」ものの、「生きづらい」と感じる方に効果的と考える手段について記載いたします。

 私個人は人に対する以下の3つの欲によって、人の感情は左右されているように考えています。
 ①人に好かれたい
 ②人よりも優れたい
 ③人と対等でいたい

 まず始めに、人は生まれながらにして、「無知」な生き物です。
 ですから、人は「他人の真似」をすることによって、立ったり、走ったり、勉強したり、学校へ行ったりなど「体験を通して、できるようになる」ことを学びます。
 ここで忘れてはいけないことは、「自分の意思で真似している」ということです。

 子供は最初に①を求めます。ここでいう①は「愛情」であり、親から「自分を大切にしてもらう」ことを学びます。
 この体験により、子供は「夢を見る(希望)」ことを覚えます。
 これは親に今「自分を大切にしてもらう」ことをしてもらっており、「今」に満足しているからこそ、「夢をみる」ことができるのではないかと私は推測しています。
 次第に子供は「できる」ことが増え、親から「制限」という「自分を大切にしてもらえない」体験をさせられます。
 しかし、子供は「なぜ」なのかわかりません。その理由は「無知である」からです。
 子供は「嫌な思いをしない」ために「親の言うとおり(良い子)」に行動します。
 こうして、子供は「常識(やってはいけないこと)」を覚えるようになるのです。
 こうして、子供は「親に怒られる(嫌な気分になる)」よりも「親に褒められる(良い気分になる)」を手に入れるために、②を次第に学びます。
 
 ②を学んだ子供は「負けず嫌い」のような「性格」に周りにからは評価されるでしょう。
 子供は「できる」事が増えるため、「できない」ことが減り、「できる喜び」を感じれなくなります。
 次第に子供は「ストレス」がたまり、③を求める(反抗期)ようになります。
  子供は「できるようになった」からこそ③を求めるようになり、「親がえらそう(上から目線)」と感じるようになります。
 これは「自分で考えたい」という「自立心」につながります。
 
 大切なことはここからです。人は③を求めますが、③ができません。「求める」ことは「未来(願望)」であり、「現実」は「できない」から望むのです。
 
 この「未来」を「現実」にすることが自分の意志で自然とできるようになった時、「幸せ」を感じることができるのではないでしょうか?
 私の考える「幸せ」を感じるには、「時間軸に対する考え方」が大切であると思っています。
「未来(目的意識)」をはっきりし、「達成方法」を思い描きます。
 この時の達成方法は「過去(これまでの体験)」で考えることになります。
 そして、その「達成方法」を「現在」で実施します。
 すると、「結果」がでます。初めて行動することなのですから、当然「行動方法」は間違うこともあるのです。
 「苦しむ」回数を減らすために、「できる」人に「やり方」を聞き、真似することで「あまり苦しまずに自分の望む未来」を手に入れることができるようになります。
 これは生活だけではなく、仕事でも同じです。
 こうして、人は「楽」になります。「楽」とは「できるようになる」ということです。
 そして、これを繰り返すうちに、「自分で成功できる方法を導き出せる」ようになり、「幸せになり続ける」ことを実現することができます。
 人生は「できないこと」ばかりです。ですから、「できる」にすることは大変重要なことであると皆認識しています。
 しかし、「できる」ようになるには「苦しみ」が必ず付きまといます。
 ですから、「できない」から「苦しい」と誤解されていますが、「できないまま」にしていることが「ずっと苦しい」ことを忘れないでほしいです。
 人は苦しいと、「できなくてもいい理由(諦める)」を探して「できないまま」にしてしまいます。
 しかし、例えば仕事をすることが苦しいと思った時、「仕事をやめてもいい」理由を探すということです。
 これが「できないまま」になり、いづれは過去となり、「トラウマ」となるのです。

 大切なことは「過去」は「できる方法」を考えるものであり、「できない理由(トラウマ)」を考えても、「できないまま」なのです。

 ですから、「トラウマ」は「できない理由」を探す元であり、「できる方法」を考えられなくなる原因となります。
 こうならないためにも、周り(特にできる人)は「いい訳(できない理由を探している)」と本人へ伝え、未然に「トラウマ」にならないようにしたいと思ってくれていることになります。
 しかし、「いい訳」である理由が本人にわかりません。本人が感じることは「わかってくれない」ということなのです。
 「息苦しい」生活をなくすためには、「トラウマをなくす」必要があります。
 言い換えれば、「できない理由を探す」ことから、「できる方法を考える」ように考え方を変えるということなのです。
 人は誰でも大なり小なり「トラウマ」を持ちますが、「生きやすい」生活をできる人は必ず「トラウマ」がなくなります。
 その理由は、「トラウマを解決する方法を自分で考える」ことができるようになったからなのです。
 そうすれば、他人の責任にする必要もなく、自分で解決できた問題であると、自分に問題があったということに気づけるようになります。
 これが「自分で自分を受け入れる」ことにつながるのではないかと私は考えます。
 
大切なことは「できる方法を考える」ことであり、「できる方法を考える」ようになるためには、「真似をする」必要があります。

 人は生まれながらにして、「真似する」事からはじめ、「自分らしさを付け加える」ようになっています。
 「真似をする」ことは「できる方法を知る」ために本能的に行動しているのです。
 しかし、「真似をする」ことは「経験がない」ことであるため、「恐怖」を感じます。
 ですから、「真似をする」ためにも「必要な条件」があるのです。
 それが「納得する(恐怖を安心にかえる)」ということです。
 「納得できるからこそ真似できる」ということです。
 もちろん、「納得する」にも、条件があります。
 それは、「信頼する」ことができるということです。
 「信頼する」ためには「信頼したい」という気持ちではできません。
 「信頼する」ためには、「自分を助けてくれる」ということを「理解する」という体験になります。
 私が「甘える」ことをお勧めする理由は、「信頼する」を教わるためなのです。
 人に助けてもらうには必ず、「何を助けてほしい」と伝えなければなりません。
 それが「本音」です。同じ人が何度も何度も「苦しい」時に「助ける」行動をすれば、相手にいいたくなくても「相手に話をしなければいけない」と「気になる」感情が生まれます。
 私の妻の場合でいえば、私と結婚しているにもかかわらず、私と一緒にいたくないという理由から1人ぐらしするために、「私に相談する」ことをします。
 私から見れば、「私に今から2人が苦むしむことになるでろうという妻の行動を私に手伝ってほしいのか?」 といいたくなる状態です。
 これは「妻自身の気持ち」であり、妻がそう思うことはかまいません。
 しかし、私は「嫌」なのです。もちろん、私はこういう場合、私も「できない理由」を伝えます。
  私の本音は「私にも明るい未来がみえないから」です。
 ここでいう「信頼する」というのは「自分が相手を信じたい」という気持ちではなく、「相手を信じたくないのに頼ってしまう」ことにより、自分で「相手を信頼している」ということに気づけるのかもしれません。
 今の妻は「本音」を私に伝えることができるようになり、そのかわりに「できるようにする」理由を考えるようになりました。
 嬉しいことに、今では「トラウマ」を私に伝える必要がなくなりました。

 以前は、周りから「私達夫婦」をみると、「何も言われない」ことが多かったのですが、今では「いい夫婦ですね」と言っていただく回数が頭に残るぐらい「本音で話す」ことができるようになったように私は感じます。
 
 以上まとめますと、
 「生きやすい」生活を過ごすためには、「過去の経験からできる方法を自分の意思で考える」ということです。
 しかし、「自分で考える」のは「限られた経験」であるため、「苦しむ」ことになりやすいです。
 だからこそ、1人ではなく、たくさんの方に「生きやすい生活を過ごす方法」を教わり、自分にあった行動方法を考えるのです。
 そうすれば、「トラウマ」による「できない理由(自分を守る考え)」を必要としなくなり、「過去」を守るのではなく、「今」の自分を守ることに「自己愛(自分を大切にする力)」を利用することができるのではないかと私は考えます。
 
  私がいいたいことは「トラウマをもつ」事が悪いというわけではありません。
 むしろ、自分を守るために必要なことです。
 私は悪魔で、「トラウマ(気になること)は過去」であり、自分を守るのは「過去」ではなく、「今」であるということをご理解いただきたいと思っています。
 「苦しい」のは「過去」ではなく、「今」です。
 「今」に「自己愛(できなくてもいいと考える安心を作り出す力)」を導きだすことにより、「精神的に強い」と周りから評価される自分になり、「前向きになる」ことが自然とできるようになります。
 「前向きになる」のは「未来」をみているからです。
 すべては「自己愛」が「今」あるからこそ、「前向き」になれるのです。これが、私の考える「幸せ」であり、「生きやすい」です。
 
 ですから、なるべく早く「トラウマ」を受け入れるために「トラウマを解決する方法」を見つけ出して「今が楽」になってほしい、そう願って私は妻と前へ歩いています。
 
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今の私が考える両親への思い

 この度、私の父が還暦を向かえ、お盆に家族旅行へ行きました。
 その時、父がこれまで築き上げてきた人生を描いたDVDを作成し、プレゼントいたしました。
 今回はそのDVDに記載した私からの父へのメッセージを記載いたします。

<父へのメッセージ>
 「今」だから言えることがある。昔、父は俺を否定するだけの存在であるように感じていた。
 そんな俺に対して、父は俺が苦しい時、いつも俺を救ってくれていた。
 しかし、その時の俺は、苦しいことばかり目をむけていて、父がどんな思いで俺を救ってくれているのか全く考えもしなかった。
 今思えば、父は俺を否定していたのではなく、ただ俺の未来を一緒に作ってくれていた。
 俺が頑張っている時は、「褒める」ことで俺に「自信」をくれた。
 俺が道に迷いそうな時は、「叱る」ことで「そこに幸せはないよ」とずっと側で教えてくれていた。
 父が苦しい時も嬉しいも、父は俺をずっと見ていてくれていた。
 そして、今の俺は、自分の力で「未来を作る」ことができるようになってきた。
 「未来を作る」ことで、自分で自分を大切にすることができることを知った。
 今の俺があるのも、すべては両親のおかげである。
 そして、親から一番大切なことを教わった。それは、 ずっと見ていてくれることこそが「愛する」ということなのだ。
 だから、俺は両親から「愛されている」と自信を持って伝えることができる。
 両親は今までも、そしてこれからもずっと俺を「見守ってくれている」のだから。
 
 「今」だからわかることがある。俺もずっと父を見てきた。
 ある日、俺はなぜずっと父を見ているのだろうと考えた。
 昔の俺は父に馬鹿にされているように感じ、父に馬鹿にされないため、必死に前へ歩いていった。
 でも、父に馬鹿にされなくなったと思ったらすぐにまた馬鹿にされる。
 昔の俺はずっとこの繰り返しのように感じていた。
 だからこそ、「今」だからわかることがある。俺は父に馬鹿にされたくなかったのではなく、「父の生き方」を目標にしていたのだ。
 俺にとって父とは「俺の未来を照らす光」なのだ。
 だからこそ、「今」伝えたいことがある。それは遠く離れている「今」でも、俺は父を見ているということ。
 それは「未来の俺のため」に見ている。父はいつだって「幸せ」という名の「俺の未来」を見守ってくれている。
 だったら、俺の未来のために「今」を「幸せ」に生きてほしい。
 俺は父の子供だ。それはずっと変わらない。だから、いつまでも「俺の未来」のために「今」苦しくても頑張ってほしい。

 
<父に伝えた後の私の感想>
 父にはとても感謝している。それは、今私自身が「幸せ」だからである。
 父から多くのことを学んだが、特に印象に残っていることは、「人を信じる大切さ」である。
 人は家族でさえ、「信じる」ことができない。私個人が考えるその理由は、「相手の思い」がわからないことにあると思っている。
 人は1人1人考え方や価値感が異なる。だから、人は「わかってもらいたい」という「ないものねだり」をするのではないだろうか?
 たまに「愛する」=「わかってくれる」と誤解されている方がいる。
 人はエスパーではなく、人間である。だから、「わかってもらう」ことなどできなくて当たり前なのだ。
 私の家族は「信じあえる家族」だと私は思っている。
 それは、私がそう思えるからであり、私も家族も1人1人のことをしっかり見ているからだ。
 時には「喧嘩」することもある、時には「怒る」時もある。
 しかし、そこには必ず「愛」があるのだ。だから、私は家族を信じることができる。
 私の両親は、私が両親の財布からお金をとっても、万引きしても、周りに迷惑をたくさんかけても、私を「信じる」ことをしてくれた。
 「信じる」のは「今」ではなく、「未来」なのだ。
 だから、「今」家族に迷惑かけてもいい、大切なことは「未来」なのだから。
 精神病患者は「今」大切な人に迷惑かけた自分を責めてしまう。
 しかし、責めているのは「患者本人」だけであり、「大切な人」ではない。
 「大切な人」はただ、「今」の自分が苦しくても、「患者の未来」を信じたいのだ。
 だからこそ、大切な人に「迷惑」かけることで悩むのではなく、「迷惑」かけても一緒にいてくれていること、信じてくれていることにも目を向けてほしい。
 精神病を治すために一番必要なことは、「大切な人を信じる」ということ。
 人は「信じれない」事が必ずある。しかし、それは「大切な人ではない」と「諦める」ことではなく、「信じるためにどうするのか?」という答えを見つけ、「信じ続ける」ことが必要不可欠である。
 「信じられない」時は何度でも話し合えばいい、相手にわかってもらうのではなく、自分でわかってあげられる人になることこそ、人は「幸せ」を感じられるのではないだろうか?
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Author:よっし~2
 精神病の彼女と僕が精神病を乗り越えて結婚までを描いた日常を「ドラマ」に記載しております。今では彼女から妻へ変わり、さらに病状は日々改善しております。
 その際、介護側である私が思いついたことや、病気の紹介などを「治療方法」に記載しております。
  2013年2月より「精神病の彼女と僕 ~私と彼女が幸せを掴むために~」が「まぐまぐメルマガ」でデビューすることになりました。
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