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「叱られる」ことの大切さ

 今回は、「叱られることの大切さ」について私の考えをお伝えいたします。
 みなさんは、「叱られる」ことはお好きでしょうか?おそらく、「叱られる」ことに対して、「うざい」「嫌だ」「怖い」など否定的な意見が多いかと思います。
 「叱られる」は「自分を否定されている」と感じるため、多くの人は悲観的な気持ちになる方が多いようです。そして、「自分を否定されている」と感じることは、「苦しい」という感情を引き起こすため、冷静になれなくなってしまいます。
 しかし、私個人は「叱られる」に対して、「嫌な気持ち」になるものの、「自分がもっと楽になるチャンス」と考え、相手の気持ちをしっかり理解しようと思えるようになりました。
 しかし、「叱られる」経験の少ない人は、免疫がないため、感情的になって「自分のことをわかってくれない」と感じ、「相手に対して怒る」傾向にあります。感情的になってしまうと、相手がなぜ叱ったのか考えることもないため、同じことで「叱られる」ことを繰り返し行ってしまうのです。
 このことをご理解の上、以下をご一読いただけると幸いです。
 いきなりですが、皆様は「怒る」と「叱る」の違いをご存知でしょうか?
 「怒る」は「自分のため」に対し、「叱る」は「相手のため」なのです。
 ここで重要なことは、「叱る」は相手に対して心の傷を作らないことに対して、「怒る」は相手に対して心の傷を作るということです。
 ですから、「怒る人」は「自分勝手な人間」と周りから判断されますし、「叱る人」は「怖いけど優しい人」と判断される傾向にあります。
 では、「叱られる」や「怒る」は本当に必要なのでしょうか?
 人は「失敗」する生き物です。だから、「失敗」することは悪いことではありません。ただ、「失敗」すると、自分自身が「苦しむ」だけなのです。
 人は「苦しむ」ことが嫌なため、「できるようにする」を選択して、成長する道を選びます。
 ここで、「失敗」する原因は、「知らない、気づいていない」ことが多く、その結果「うまくできない」という「失敗」を経験することになるのです。
 ここで重要なことは、「叱る」ということです。「叱る」は「相手の行動を制限する」という短所を持っているものの、「相手が苦しむ道へいかせない」という大きな長所を持っています。
 だから、「叱る」には理由が必ずあります。その理由を理解しないで、「叱った」相手を「怒る」ことは、「私は失敗したい」と言っているように、叱る相手には聞こえるのです。
 確かに「叱る」は大切なことですが、言われる側からすると、「怒られる」と「叱られる」どちらも同じように聞こえるかもしれません。
 そこで、「怒られる」と「叱られる」の感じ方の違いについて記載いたします。
 まず特徴として、「叱られる」は「上から目線で話されている(えらそうに感じる)」と感じることが多くあります。
 その理由は、「叱られる」の短所である「行動を制限する」ということにあります。相手に対して、「何でもわかっているつもりか」などと感じる傾向があります。
 一方、「怒られる」は「相手の行動に矛盾を感じる」ということに腹立たしく感じます。
 自分も相手のために一生懸命行動したからこそ、相手が自分の都合のいいように行動させようとしていることに腹がたつのです。
 まとめますと、「叱られる」は「正しいことを理解できない」ことが苦しむ原因となり、「怒られる」は「相手の気持ちを押し付けられる」ことが苦しむ原因となります。
 「怒られる」は「相手」に対して頑張らなければ解決できませんが、「叱られる」は「自分」を磨くことで解決することができます。
 親の多くは「叱る」ことをします。その理由は、「子供に1人で生きる力を養わせるため」です。
 一方、「叱らない」親もいます。その理由は、「叱ると子供がかわいそうだから」です。このように考える親は、「子供に自分が嫌われたくないから」「子供が自分に害を与えないようにしたいから」などのようにしか思えません。
 私からいえば、「叱られない」子供がかわいそうです。子供の時に「叱られる」ことがなかった分、大人になった時に「失敗」する回数が多いからです。
 大人になった時の失敗は、子供の時の失敗よりも何倍も苦しいからです。
 親の最低限の役割は「未来の愛」です。今はできないからこそ、「叱る」ことで、できるようにしたり、未来に気づけるヒントを作り出したりするのです。
 「生きる」ためには「1人でも生きられる力」が最低限必要です。これは、誰でも平等に同じことです。
 それができないことは、自分に力がないことを意味しているのではないでしょうか?もちろん、力がないのは今であり、年齢や性別、病気など関係ありません。力がなければ、力をつける方法を考えればいいのですから。
 私は親に感謝しています。それはたくさん「叱る」ことをしてくれたからです。昔は「子供には絶対怒らない」と感じていましたが、いまでは昔の自分の考えが間違っていると思いました。
 大人になっても、私を叱ってくれる人がいます。それは私を愛してくれる人です。親だけでなく、職場や友人など色々います。私のために「叱ってくれる」人に対して、「感謝」以外今はありえないと思えるようになりました。
 私は人からみれば、経済的に苦しむことも少なく、比較的に好きなこともできて、幸せな人間です。
 でも、その力を得るために、自分で頑張ることも当然ですが、周りの方々にたくさん「叱られる」ことをしました。今ではその1つ1つを自分の力にかえて、今の生活を手に入れることができました。
 だから、私は今の幸せである自分は周りのおかげであると感じるのです。
 自分が頑張るのは当たり前のことです。なぜなら、頑張らなければ自分自身が苦しむのですから。しかし、自分だけでは知らないことも多く、自分が望むこと答えを導きだすことは難しいことです。
 だから、私は人を頼ります。そして、叱ってくれる人を大切にします。
 生きるためには「生きる力」を磨くことで幸瀬を得ることができます。今は辛いこともありますが、それは自分に力がないから辛いのです。だから、力のない自分を守ろうとしてくれる周りの方を私は大切にしたいと思っています。 
 どうか「叱られる」ことを喜んでください。「叱られる」は「自分のため」であり、受け入れるも受け入れないことも自分で選択することもできるのですから。
 もし、受け入れない時でも、相手の気持ちをしっかり理解してください。
 「叱ってくれる」人は「叱る内容を実現することができる」ということです。「怒る」人は「自分に力がないことを相手に求める」ということです。
 「怒る」人はいらないと思えば、付き合う必要もありません。なぜなら、自分勝手な人だからです。しかし、「叱ってくれる」人は「自分を楽にしようとしてくれている」という気持ちを私は忘れないでほしい、そう思って私は今を生きています。
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親元から子供が巣立っていく親の悩み

 子供は何れ親元を巣立って、自分1人でいきたいと考えるようになります。その時、親はどのような気持ちになるのでしょうか?
 きっと、「寂しくて苦しい」これが多くの親の本音だと思います。今回はヤフーの知恵袋にて、子供がいなくなった時の親の悩みについて、私もコメントさせていただく機会がありました。
 私個人としては、「子を持つ親」にむけて是非お伝えしたい、そのような気持ちでご相談内容、並びに私のコメントを記載させていただきます。


<ご相談内容>
うつなのか、燃え尽き症候群なのか自分の状況がわからなくて悩んでいます。
50代前半の主婦です。

この春、息子が就職をして遠くに行きました。
子供の頃から病弱で、育てるのに苦労に苦労した息子で仕事が決まり、本来なら喜ばしいことで、無事に送り出したのですが、
心の中にポッカリ穴が空いたようで、息子を思うと気づけば泣いていたりします。
次男も家にはまだいるのですが、長男のほうが苦労したせいか、気になってしまい仕方がありません。
子離れしていないのだと思い、長男の事は一切考えないように暮らしていこうとしています。

気づけば一か月以上も経ちますが、最近、心が晴れずどんよりとして、毎朝の愛犬の散歩も体も足も重くて苦痛になりつつあり、
大したことでもないのに、すぐに泣いたり、イライラしたり頭痛もあるので婦人科を受診したら、で更年期と言われ、
ホルモンのパッチをもらい治療中ですが、体調は少しは改善されたようにも思えますが、不安感と、精神的にどんよりとして、うつうつの日々で出かけるのも化粧するのも、車の運転もとてもしんどくなってしまいました。
決断力がないので、車線変更も億劫だったり、疲れてしまうのです。

ホルモンパッチがいまいちなので、また婦人科を受診したら、今度は自律神経失調症と診断され、漢方薬を処方されましたが、症状はかわらずのうつうつで、次男と主人の食事の世話も家事もやりたくなくて仕方がありません。
主人は単身赴任で、週末しか帰ってこなくて、こういう話をしても理解できるタイプではなく、そのうち治るだろう的な、こういう病気が理解できる人ではなくて、神経の図太いタイプで、話しても無駄だと思っています。

今度こそ診療内科とか行くべきでしょうか?
たくさんの薬を出されて、昼も夜もどろどろに眠くなるようでは辛いです。
今はどのような治療がされているのでしょうか?
アドバイスお願いいたします。


<私のコメント>

貴方様は精神病ではないと私は思います。
その理由は、他人のせいではなく、ご自分の責任であることを自覚しているからです。
ただ、このまま過ごされていると、うつ病になる可能性は否定できません。
しかし、今なら治すことができます。なぜなら、貴方様の症状は自然現象だからです。
そこで、ここでは原因と対策を勝手ながらお伝えいたします。

貴方様がお辛い原因は、世間でいう「子離れができていない」からです。もちろん、ご自分でもおわかりだとは思います。
しかし、大切なことは「なぜ子離れできないのか?」です。
貴方様は、ご長男様自身というよりも、「今まで近くにあった大切なものが手の届かない所へいった」からショックだと私は考えます。
そのご経験をはじめてするのが、ご長男様であっただけだと私は思います。
何れは次男様がいなくなる時も
「今まであったものがなくなった気分」を感じていると思います。
ただ、ご長男様のご経験があるため、少しは楽になるかもしれません。
では、なぜ貴方様はそんなに苦しいのでしょうか?
その理由は、「子供を愛しすぎた」からだと私は思います。
それだけ一生懸命お育てになったお子様がいなくなれば誰でもショックです。
貴方様は「頑張りすぎた」だけです。頑張りすぎると、その分ショックも大きいです。
だから、病気ではありません。ただ、子供を愛しすぎただけです。
もちろん、貴方様は何も悪くありません。むしろお子様に幸せになる力を一緒に作ったのですから、私は貴方様を尊敬すべきお人だと思います。
きっと、お子様も、もっと大人になれば、お母様のことを今以上に感謝し、親孝行をしたいと思うようになります。
ここで、忘れないでほしいことがあります。貴方様は死ぬまでお母様です。お子様にとっては世界で1人しかいません。
ご長男様は幸せになるためにこれから強くならなければいけません。
世の中の辛い状況に耐え切れず、逃げ出したくなる時もあります。
でも、そのような時に頼れる人は誰でしょうか?それは、子供を愛してくれる貴方様ではないでしょうか?
私も親の子なのではっきりお伝えいたします。私がここまで辛い世の中を耐えて、強くなり続けることができているのは、親のおかげです。
その理由は、私が愛していなくても、私を愛してくれるのは親だけだからです。心配してくれるのは、親だけです。友人や恋人なども心配してくれる人はいるでしょう。
でも、いつ裏切られるかわかりません。親とは違い、愛し続けてくれる保証は何もないのです。
でも、親が生きて子供の帰る場所があれば、いざとなれば家に帰れるから大丈夫という安心感があるからこそ、子供は大人になれると私は考えています。
私は子供が幸せになる条件は、親が元気であることだと思っています。
親が元気である限り、子供は安心して頑張れます。
貴方様はどこか子供が出て行けば、子育てが終わりだとおもっていませんか?
子供はそんなに大人ではありませんよ。いつまでも、親に甘えて生きています。現実は1人で生きることはできるようになっても、精神的にはまだまだ親に甘えているものです。
だから、少しでも長く元気に長生きしてください。
貴方様が弱気になってどうするんですか?まだ子育ての途中ですよ!!貴方様は親なんですから、弱音を吐いている暇などありません。
貴方様は母親として、ご長男様が側にいなければ、電話していますか?
私には、お子様1人が独り立ちして、どうすればいいのかわからないように思えます。
これまでどおり、優しく厳しい母親でいてください。親の子として、勝手ながら好き勝手いいたくなり、書き込みいたしました。


<私のコメントに関するご相談者からのご意見>

とても心に響く内容で、今の私の状態を正確にいい現していて、素晴らしいカウンセラーの方にお会いできたようです。
弱音を吐いている自分が恥ずかしくなりました。
私の魂ごと、救ってくださったように感じました。
心よりお礼を申し上げます。
ありがとうございました。

謝ることの大切さ、そして誰も失わないために・・・

 今回は、「謝ることの大切さ」について私の考えを記載いたします。
 皆様は「謝る」ことをどのようにお考えでしょうか? 
 私は昔、「私は悪くない、だから謝る必要がない」と考えていたことがあります。
 その理由は、自分に非がないと感じたからです。しかし、それにもかかわらず、ふとした瞬間にそのことを考えることがありました。
 「私は悪くない」と考えているはずなのに、ずっとイライラしている自分がいたのです。
 よくよく考えれば、「自分が悪くない」と考えることで、「相手が悪い理由」を探すことばかりし、自分で自分を「イライラさせている」と感じれるようになりました。
 この例は、「自分で自分を苦しめる」1例ではないかと今は思うのです。これは、「自分の視点で相手を見る」ことばかりに「執着」してしまい、「相手の視点で考える」ことを怠っていることに気づきました。
 相手が嫌いであれば嫌いであるほど、「相手の視点で考える」ことができなくなります。そのうち、「自分の視点」ばかり目を向けてしまい、1人、そしてまた1人私の周りから友人がいなくなりました。
 結果的には、私の側に誰もいなくなったのです。そして、私は「自分が悪いわけではないのに、なぜみんないなくなるのだろう?誰も自分のことをわかろうとしてくれないんだろう?」と考えるようになりました。
 私は自分でどうすればよいのかわからなくなり、気がついた時には、私は信頼できる人に相談していました。その人は私に次のようにいってくださいました。
 「私も君の話を聞いて、君が悪くないという気持ちになったことをとても共感できる。
 だから、君は周りがそんな君の気持ちを理解してくれてなくて誰も側にいなくなったことがとても辛かったんだね。
 じゃあ、どうして友人は君の側から離れたのだろう?
 友人には友人の考えがある。だから、友人も自分の気持ちを理解してほしいと考えていたんだろうね。
 これでは、お互いがお互いの気持ちを理解してほしいと思っているから、話し合いなんてできない。
 君は友人がいなくなっていいのだろうか?きっと、寂しいと感じているから、一緒にいたいのではないか?
 もし、君が友達でいたいと考えるならば、まずは君が大人になって、相手の気持ちを聞いてみればどうだろう?
 きっと、相手の話をきけば、君の側から離れた理由がわかるのではないか?と私は思う。
 ただ忘れてはいけないことがある。それは、君とお同じように相手も怒っているということだ。
 もし、君が突然友人に話をきかせてほしいといっても、友人が怒っていれば話など教えてくれない。
 だから、私はまず友人の気持ちを理解しようとしていなかったことに謝罪してほしいと思う。
 もし、友人も君と友達でいたいと思っていれば、必ず許してくれる。
 そうすれば、話し合いができる。相手の気持ち、そして自分の気持ちを話し合えばいい。そうすれば、お互いに気持ちがすっきりするのではないか?
 どうするかはすべて君次第だ。このままほっとけば、君は友人を失うだけだろう。
 君はそれでよくないと思っているからこそ、私に相談してくれたと私は感じているよ。だから、私は君を信じている。」と言ってくださいました。
 結果的に、私は友人に謝罪し、友人と仲直りをすることができました。
 「謝る」ことは「自分の非を認めること」と考える人もいると思いますが、考え方をかえてみると「相手に自分の気持ちを理解してもらう機会を作ってもらうこと」でもあるのではないかと私は思うのです。
 「謝る」ことができない人は、1人になります。その理由は、自分の価値感を優先し、他人の価値感を自分で受け入れないからです。自分の価値感を優先し、他人の価値感を自分で受け入れないことを「自己中」といいます。
 それでも、「1人」になっていない人は、必ず「自分を愛してくれている人がいる」という証拠です。
 その理由は、貴方様自身に生きる価値があり、今はうまくできないだけだと信じてくれているからです。
 以上のことをまとめますと、自分から「謝る」ことができない人は「孤独感」を感じます。
 その理由は、「誰も自分の気持ちをわかってくれない」と感じるからです。
 その時は、その人がいなくなることを考えてください。考えられない場合は、数日間その人から離れてみてください。
 もし、その時に、「寂しい」と感じることがあれば、それは「嫌いな人がいなくなることが寂しい」ということかもしれません。
 そして、それでも「そんなことはない」と思う方はその人がこの世からいなくなった自分自身がどうなるかを考えてみてください。
 そうすれば、もしかすると「失うことが怖い」と感じることがあるかもしれません。
 もし、それでも「失うことが怖い」と感じない人は、「自分は孤独である」と感じます。「自分がこの世に存在していない」ように感じるのです。
 すべては、1人だけで問題を抱え込んでいるから孤独を感じるのです。
  「孤独」とは「自分のことを理解してほしい」と考えることにより、引きこされます。その理由は「自分以外に自分を理解してくれる人がいない」から「孤独」なのです。
 だからこそ、自分ではどうすればよいのかわからかくなり、「恐怖」を感じます。
 だから、諦めずに探してください。「恐怖」を感じた時に側にいてくれる人こそ、貴方様を信じてくれている人です。
 その人に自分の本音を話してください。わかってもらうための魔法の言葉は「謝る」です。
 「自分の気持ちをわかってもらえない」のは「自分も相手のことをわかろうとしていない」からです。
 だからこそ、気持ちを大人にして、苦しい貴方様自身を救うためにも「謝る」のです。
 「貴方の気持ちを理解しないでごめんなさい。でも、自分は○○のように感じていたんだ」と言葉で伝えるのです。
 そうすれば、「孤独」は消えます。側にいてくれている人も理解しようとしてくれます。みんなが幸せになる方向へ変われます。
 「孤独を感じる原因」とは「自分一人で悩みを抱え込む」ことです。そして、それは「謝って、自分の素直な気持ちを伝えることにより、「信頼関係」をきづくことができるようになります。
 これが、「自分を自分で許す」ことでもあり、「幸せ」を感じるためには必ず必要なことであることを少しでも多くの方に伝わると嬉しく思います。
 もし、「孤独感」を感じる際は、誰でもいいので、「孤独で寂しい」と伝えてみてください。それが苦手な方は下記の本を読むことをお勧めしたく思います。



 上記本は私のおすすめの本です。せっかくですので、少しお話を記載いたします。
、一人ぼっちのくまの家に、ある日うさぎがやってきます。うさぎにために毎日、料理を作り、世話をするくま。誰かのために何かをするなんて初めてのくまは、嬉しくてわくわくします。
ところが、うさぎは、ただくまのそばでにこにこしているばかり。何もいいません。だんだん不安になってきたくまはうさぎに腹がたってきました。
 そして、くまはうさぎにいいました。「君は何で何もいってくれないの?いったい君は僕のことが好きなの?嫌いなの?」。うさぎは涙をうかべてくまのもとからいなくなってしまいました。
 くまは「なんでぼくはあんなことをいったんだ。うさぎさんがいるだけで僕は幸せだったのに」。
 くまははっと目が覚めました。隣を見てみると、うさぎはぐっすり眠っていたのです。くまは「良かった」と思いました。
 この本から学べることは数多くあります。是非、一度お読みいただけると幸いです。

自分を正当化し傲慢さで人に迷惑をかけて生きてよいのか?

<ご相談者のご質問>

自分を大切にすることは甘やかしや我侭にはならないんでしょうか

突然すみません、知恵ノートを拝見して御伺いしたく質問いたしました

知恵ノートの精神病患者が「自分を大切にすることができない」理由を拝見しました
とてもわかりやすくてリンゴの話では悪循環であることがよくわかりました

奥様のケーキの話は全く同じ経験をしました
リンゴの話で悪循環であることはよくわかったのですが、甘えや我侭の歯止めが聞かなくなりそうで恐ろしくてたまりません
リンゴを食べてアルバイトが出来ればいいですがもし出来なかったら誰かが見かねて面倒をみてくれるかもしれません、それにどっぷり甘えて自分で立てなくなったらと怖いです
現に働きもしないで母の脛をかじっています
自分にできない事は我慢して当然だとも思います
自分で判断せずに医師にどこまでが許容範囲か聞きながらするのがベストなのでしょうか?

うつと診断されていましたがいつまでたっても医師は私を甘やかすばかりだったので病院へ行くのをやめています
診断されていませんがBPDの特徴がすごく自分にも当てはまります
自分を正当化し傲慢さで人に迷惑をかけて生きることになりそうで怖いです



<私の考え>

私なりのご回答をさせていただきます。

Q:自分を大切にすることは甘やかしや我慢にはならないのでしょうか?

A:必ずなります。私はそれが自然と思っています。甘やかしや我慢することになるからこそ、その屈辱に耐え切れなくなり、「自分でやりたい」と思えるのではないでしょうか?少なくとも私はそうして、自分でできるようになりました。


Q:自分で判断せずに医師にどこまでが許容範囲か聞きながらするのがベストなのでしょうか?

A:貴方様次第です。他人は「甘える」ことを許しません。だから、「怒る」「罰を与える」ことをします。
だから、少なくとも私は自分を正当化し傲慢さで人に迷惑をかけて生きることを選びました。
「甘える」と判断するのは、自分ではなく、周りです。自分が「甘えている」と思っても、周りからは「頼ってくれている」と感じ、私に「感謝」してくれる人もいます。もちろん、相手が「甘えている」と判断されれば、自分で「甘えていない」と思っても、「罰」を与えられます。どんな理由であれ、自分で納得できる答えがそこにはあるのです。このような生活を私は諦めずに続けました。
その結果、家族から信頼され、社会的地位も手に入れ、幸せと感じる毎日を送れています。周りからは「感謝」されることがふえ、「罰」を与えられることがなくなりました。
この経験から、今までは「自分を正当化し傲慢さで人に迷惑をかけて生きる」と考えていたはずが、「自分を正当化し、傲慢に生きても人に感謝されて生きれる」ことを知りました。
自分を正当化し、傲慢に生きることはいけないことなのでしょうか?それは貴方様がまだそう生きたことがない、又は満足できる結果がえられない途中で止めてしまったから、「人に迷惑かけて生きる」という結果だとご自身の経験から決め付けてしまっているのかもしれません。少なくとも、私は「人に助けてもらって生きていた」と感じ、そのかわりに「自分にできることは助けたい」と思えるようになりました。
貴方様の人生は貴方様のものです。他の誰のものでもありません。貴方様の人生は、貴方様の意思で決め、自分の責任で行動することも「自分を大切にする」ということだと私は思っています。
ここで、1つあるお話をさせてください。
ある日。子供が1匹のセミを捕まえました。子供はセミを飼うか、逃がすか悩みました。悩みの理由は以下の通りです。
①飼う⇒長所:餌に不自由しない。外敵から襲われない。
短所:自由がない。
②逃がす⇒長所:自由である。
短所:明日は生きるか死ぬかわからない。

一般的には①を「同情」、②を「愛情」といいます。きっと、貴方様は②を選択したいはずです。
ではなぜ貴方様は②の行動をしないのでしょうか?どこか貴方様は、②の短所が怖くて、行動することができないのではありませんか?
①が嫌ならば、②の行動するしかありません。貴方様はそのことに気づいていますか?②の短所が怖くて行動しなければ、一生そのままであることを貴方様はすでに気づいているでしょう。
貴方様には考える力があります。1人で不安ならば、先生や親に相談すればその行動が②になるのかわかるはずです。
なぜ、親や先生に相談するのかといえば、それはその人達が②をできる人だからです。
私が病気の時は、弟や妹、友達に相談して助けてもらいました。すべて、周りは②ができるからです。私のプライドはできないことをそのままにする自分が嫌だからです。
できる人にお願いすることが甘えなのですか?私は相手にできないことをお願いすることが甘えだと思います。
貴方様はもう空を飛ぶ準備ができているように思えます。ただ、やってみようという「勇気」がないから苦しんでいるのではないでしょうか?私の勝手な思い込みかもしれませんが、私が感じたことを素直にお伝えさせていただきました。ご無礼を承知でお伝えしましたが、もし貴方様を苦しませてしまったならば、心よりお詫び申し上げます。



<ご相談者のご感想>

わがままになっても良いという事が理解できました。セミの選択肢も、全くご想像の通り②を受け入れ難く、何度も何度も読み直して考えました、結果、①は体験したことがあるけれど、②を体験したことがないから怖いんだとわかりました。挑戦してみます。お忙しいところ、リクエストにお応えくださりありがとうございました。itit0001さんも親身な回答をくださりありがとうございました。

「自分を大切にする力」を手に入れるために必要な魔法の言葉

 今回は、介護者向けに精神病患者に対して、治療に重要な「言葉」についてお伝えしたいと思います。
 
 私はこれまでに精神病とは、「自分で自分を大切にすることができない」病気だとお伝えしてきました。
 そして、「自分で自分を大切にする」ためには、「自己愛」と呼ばれる「自尊心」を強くすることが必要不可欠になります。
 ここで、精神病患者は①完璧主義 ②努力家(真面目) ③負けず嫌い ④責任感が強い 方に多いとよく言われます。
 皆様はその理由をご存知でしょうか?  
 これは、客観的に見た結果であり、言い換えれば、他人から見た視点です。では、私個人の経験による感情に例えると、
 ①気になりやすい 
 ②1つことに執着しやすい 
 ③他人に認められたい気持ちが強い
 ④他人に嫌われたくない気持ちが強い   
ということが言えます。
 これは、人間が生まれながら持っているものであり、精神病をよくするためには、①~④の自分の能力をいかに活かせる方法をみつけるか?によって、「幸せ」を得ることができるのではないか?と私は考えています。
 まずは①~④の特徴についてご説明いたします。
 ①は気になることが多いからこそ、頑張ってしまっているように周りはみえるのです。このことから、「こだわり」が多くなってしまい、「こうしないといけない」となってしまいます。
 「やりたい」であればいいのですが、「気になる」は「不安」であるため、ストレスを感じやすくなります。

 ②の「執着」は、「気になる」状態が多いと、例えば仕事がきりが多いところまで終わっていないという理由で、「やりたい」という気持ちが生まれます。結局、ずっと続けてしまい、途中で止める方法を自分で見つけられなければ、興奮状態が続き、途中でやめることがストレスになってしまいます。

 ③の「他人に認められたい」は、自分の居場所を作る上で大切な能力です。
 これが、自尊心を作る素になる私は考えています。
 「やる気」の素になり、これまでの経験から、できることを探そうと挑戦します。
 しかし、精神病の場合は①の気になる数が多くなるため、「やる気」までに至らないことになります。
 ですから、何ができて何ができないかを知ることにより、自分の居場所を作り出すことができます。

 ④の「他人に嫌われたくない」は、愛情を注ぐ素になると私は考えています。 
 長所は「優しい」であるため、他人に優しくすることができます。しかし、短所は「怖がり」であるため、自分よりも他人を優先し、他人のために我慢することが多く、ストレスを作りやすくなります。

 精神病の場合は、個人差の生活環境にもよりますが、①~④をうまく制御することができないことによって、ストレスを作り出してしまうことになるのです。
 子供が同じ状況であるため、精神病は子供みたいな非常識な行動をとると決め付けられてしまう傾向があります。
 以下は治療方法となるため、有料とさせていただきます。私個人としては、介護者に見てほしいと思っており、その他の方は今までに味わったことのないほど苦しむ覚悟がある方だけご覧ください。
 大変申し訳ありませんが、今回の内容は「介護者」に重点をおきたいため、金額を高めに設定させていただきます。
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よっし~2

Author:よっし~2
 精神病の彼女と僕が精神病を乗り越えて結婚までを描いた日常を「ドラマ」に記載しております。今では彼女から妻へ変わり、さらに病状は日々改善しております。
 その際、介護側である私が思いついたことや、病気の紹介などを「治療方法」に記載しております。
  2013年2月より「精神病の彼女と僕 ~私と彼女が幸せを掴むために~」が「まぐまぐメルマガ」でデビューすることになりました。
 もちろん、本メルマガは無料であり、週間となっております。ご興味のある方はご登録のほどお願いいたします。
 まぐまぐでは、私と妻のストーリーをご報告する予定であり、初回はブログ公開中の第1話から第16話を配信予定としております。
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