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「感情」のメカニズムと精神病の関係 その1

人はどういう時に「不安」を感じるのでしょうか?
ここでは、私の経験に基づいて「不安を感じるメカニズム」を明らかにし、「不安」を改善するにはどのような行動を選べば、「生きやすい」が手に入るのかきづくきっかけになれば、幸いです。

まずは以下のパラメータについてご理解いただきましょう。


<例:健常者Aさんの感情パラメータ>

←頑張らない                  普通                 頑張る→
1  2  3  4  5     6  7  8  9  10  10  9  8  7  6     5  4  3  2  1
    不安                   安心               不安                


 上記は1~10、10~1の数字を示しており、1~10は「頑張らない」を示し、10~1が「頑張る」を意味します。
 また、その数字が小さいほど「しすぎている」ことを示します。「頑張る」であれば、「頑張りすぎている」ですし、「頑張らない」であれば、「頑張らなさすぎる」なのです。
 次に、「感情」で表現すると、「数字の1~5は「頑張る」「頑張らない」ともに「生き辛い(ここでは「不安」や「イライラ」)」と感じ、数字の6~10は「生きやすい(安心)」領域であることを示します。
 ここでは、1~10の数字で表現しておりますが、「安心領域」は個人差があります。これは、「不安を安心に変換した数」によって領域を増やすことができるようです。
では、以下に上図の説明を行います。


 まず、人は「安心」を求める生き物です。これは「自己防衛機能」をもつからになります。
子供は生まれながらにして1人で生きることはできないため、「感情」を遺伝子としてもたせているといわれています。
 すなわち、「不安」になると「泣く・怒る」などの行動を行う力を持つのです。
 しかし、生まれた子供は「安心領域」がとても小さいことになります。ここでいえば、「10」以外は「安心領域」をもたないことになります。
 このような状態で、赤ちゃんは両親に「安心領域」を与えてもらうことで生きていけるのです。
 しかし、親は自分でも「安心」を得られなければ生きていけないため、子供に対して「支える」ことしかできません。
 子供は「不安」を取り除くために「泣く・怒る」など行動しますが、例えば親が側にいないと助けることができないことになります。
 こういった「不安」を取り除くために、子供は「行動内容を変更する」ことになるのです。
そして、「不安」を自分で「安心」にかえることができた時、子供の「安心領域」を広げることができます。
 一方、「不安を取り除く」ことができなかった場合はどうなるのでしょうか?
Aさんの例を説明します。


<例:健常者Aさんの感情パラメータ(不安を取り除くことができない場合)>

←頑張らない                  普通                頑張る→
1  2  3  4  5 6     7  8  9  10  10  9  8  7    6  5  4  3  2  1
    不安                 安心               不安                


最初は1~5の数字が「不安」であったのが、1~6の数字が「不安」に広がったのです。「不安を取り除く」は「不安」を減らすことができるのですが、「不安を取り除かない(又は除けない)」は「不安」を増やしてしまうのです。

このように、人は生まれながらにして、「自分で安心を手に入れる」ようにできていることになります。
 では、「精神病」の人はどのような感情パラメーターになっているのでしょうか?




<例:精神病患者Bさんの感情パラメータ>

←頑張らない              普通            頑張る→
1 2 3 4 5 6 7 8 9           10 10      9 8 76 5 4 3 2 1
    不安               安心           不安         


上記のように、実は「不安を取り除くことができない」ことによって、安心領域がかなり減っていることになります。
本例のBさんは数字の10しかないことになり、実は「安心領域」を「赤ちゃんと同じ領域」しか持っていないのです。
ですから、治療には「赤ちゃんと同じ」行動することが必要であり、一番早く治る治療方法となるのです。


しかし、「精神病」の多くの方は、「どうしてこのようなことになったのだろう?」と感じているのではないでしょうか?
ではその理由についてお伝えしたいと思います。


 基本的に「理性(自分の認識)」は「感情パラメーター」を知ることができません。それは目にみえずに感じるだけだからなのです。
ですから、「理性」は「経験」を通して、「自分ができるか、できないか」を判断することになります。
 すなわち、「理性」は「経験」で「感情を予測する」ことができる機能といえるでしょう。
 精神病の方は、「感情を予測する機能の誤動作」が多くなることにより、「感情パラメーターの範囲」を正しく理解することができず、自分で「不安」を作り出すのです。
 ここで、「感情を予測する機能の誤動作」は健常者にもあるのですが、「失敗経験」により修正可能となります。
 しかし、精神病の方は新しく作り出した「不安」を取り除くための行動も「誤動作」してしまい、さらに新しく作られた「不安」を取り除くことに失敗するなど、繰り返し「誤動作」を増やしてしまうことにより、修正方法がわからない状態(混乱状態)となります。
 そして、「何をしても無駄だ」と「誤動作」し、「自傷行為」や「自殺行為」を実行するのです。
 まとめますと、「理性が感情パラメータの範囲を予測できない」ことによって、「感情」に支配されてしまうことを「精神病」というのです。

<例:精神病患者Bさんの感情予測パラメータ(理性の理解)>

                 ←頑張らない                  頑張る→
1  2  3  4  5  6  7  8  9 10  10  9  8  7  6  5  4      3  2  1
                   不安                      安心                

解説は「「感情」のメカニズムと精神病の関係、そして治療にむけて・・・その2」にて説明します。 
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1つ1つの積み重ねの大切さについて

精神病の方は「同時に解決する」ことを考えてしまい、「不安」を増やしてしまう癖があります。
そのような時、どうすればよいのか?
それは1つ1つ問題を解決するしかありません。
今回は、同時に「不安」を行動してしまって、悩まれたヤフーの知恵袋の相談者に対する私のご返信例です。


<ご質問者>

お目に留めて頂き有難うございます。

とても身勝手な質問をさせて頂きます。
自分がいけないことは分かっていますが、
申し訳ありませんがこちらでは批判よりもアドバイスに近い返答を頂けたら幸いです。

もちろんご意見などあれば受け止めますので、宜しくお願い致します。

私はもともと対人恐怖症があります。数年前までは過度のものではなく、苦手程度でした。
色々経験するうちにそれが過度になってしまうようになりました。

そして、最近アルバイト先を変えました。
大人数なアルバイト先なのですが、同期は皆辞めていき、
少しだけ入った時期の違う先輩とよく一緒にいたのですが、やはり壁を感じていました。
休憩は皆でとるので、苦痛でよく一人で喫煙所やお手洗いに逃げ込む事もありました。
ですが、先輩達には誤解を招いてしまっているようで、更に壁が高くなっていきました。
先輩達にいじめられているなどはありません。自分の気の持ちようなのも分かっています。


プライベートでは借金があります。
数年前は働かずによく遊んでいて、借金を作ってしまったことに後悔しています。
借金を返していく為に遊ぶ時間を減らして沢山働いていたのですが、
しばらくすると甘えが出始めてまた自分でシフトを減らしてしまったりを繰り返しています。

その生活を半年くらい続けた今、
突然不安になって涙がでたり、台所にたっていると虫が手に触れる感覚があったり、虫や人が視界を横切ったりする感覚があったりします。
それで動機が激しくなります。身体のだるさと耳鳴りもよくするようになりました。
休みの日は何かをするのが億劫でちょっとだけ寝ようと横になると14時間くらい眠り続けてしまい、逆に疲れてしまいます。

思いきって精神科の受診を受け、ある程度覚悟していたうつ病と診断されました。

診断を受けたこともあり、よく考えて一人暮らしをしていることを限界に感じ始め、遠くの実家に帰ることを決めました。
ですが、仕事が落ち着くまではもちろんこちらで生活しなければいけません。

しばらくは頑張っていたのですが、
なかなか状況は変わらず、ついに体調にまで現れるようになり、心因性発熱と言うものが続いています。
接客が大好きな自分が体調不良なことも精神的なこともあり、笑顔を振りまくことが出来なくなってきてしまいました。
働きたくないと思っても借金が頭をよぎり、休むことはできません。


とても非常識で、身勝手で、今まで面倒を見てくださった上司に迷惑のかかる行為なのはわかっています。
ですがなるべく早めに実家に帰ることを希望しています。
可能な限り早く退職は出来ないか相談するつもりです。


知恵袋で色々調べましたら、うつ病に対して理解のある上司はとても少ないようで理解をしてもらえるかとても不安です。
お話するにもどこからどこまでお話したらいいのか・・・。
うつ病で苦しんでいる方もいるので、とても失礼なのは承知ですが、
自分の認識ではうつになるまでに対処出来なかったことと借金のことも含めて、すべてが恥ずかしいことだと思ってしまい、
何を話そうか頭の中でずっと整理ができません。

正直に話した方と
別の方法でも早く退職が出来た方、
またはこんな方法がある等
何かアドバイスを頂けないでしょうか?


お時間を割いてしまい申し訳ありません。長文失礼致しました。

補足 借金は120万円程度なので頑張れば一年前後で返していける額です。
実家に帰りたい理由は体調のことが主に大きいです。
借金のことは親には相談をしていません。
今は活動をしていませんが、夢のために上京をしてきました。
ずっと支えてくれた親に迷惑をかけたくないので自分で返していこうと思っています。


<私の考え>
貴方様は「不安」を溜め込んで「頑張りすぎ」により鬱病を発症したようです。
しかし、今の貴方様は混乱状態であり、ますます「ストレス」を抱えているように思えます。
貴方様が考えるように、私も実家へ速く帰るべきだと思います。
その際、いくつか課題があり、貴方様はさらに「ご不安」になられているようです。
ではその課題をクリアする方法を実行してみましょう。

①退職
②借金
③実家帰宅

まず、貴方様がご理解してほしいことは「周りに迷惑かけない」ことなど誰でもできないということです。
できることは「周りに迷惑かけることを最小限にする」ことだけです。
今まで貴方様は「借金」「人間関係」「仕事」など頑張ってきたことは理解できました。
しかし、私もそうですが人は必ずしも人に迷惑をかけるものなのです。
例えば、貴方様がすんでいるアパートに住んでいる限り、「騒音」又は「異臭」を放ちます。
「騒音」の例だと、お風呂に入ったり、廊下を歩いていても「音」がでます。また、貴方様が魚やいたりすると、外に魚の臭いが充満し、「臭い」を放つことになります。
すると、周りの方が「うるさい」と感じれば「騒音」になりますし、魚が嫌いな方がその臭いをかぐと「くさい」と感じるのです。
しかし、人は共存しているため、「騒音」や「異臭」など放ちます。だから、別に「騒音」や「異臭」をある程度だしてもよいのです。
このように、貴方様が頑張っていることはい事実ですが、迷惑をかけていることは必ずあるということです。
もちろん、迷惑かけている分、貴方様は相手のために頑張っているので、「持ちずもたれず」の関係をきづいていたことになります。

今の貴方様は「病気」により「頑張る」ことができなくなりました。ですから、以前よりも少しだけ「周りに迷惑をかける」量が少し増える状態になるだけとご理解いただけると幸いです。

ですから、貴方様は「周りに迷惑をかける」ことを恐れないでください。もし、相手が無理と思った時は「相手も無理だから、別の方法を探そう」と言ってくれます。
今の貴方様は「できない」ことを一生懸命やろうとしている状態です。これでは病気をひどくすることしかできないことになります。
ですから、私は、今まで貴方様が大切にしていた「相手に迷惑をかけることを最小限にすること」を達成するため、そして貴方様の病気をよくするために以下の方法をご提案します。
①退職
⇒精神病になり、体が動かなくなりました。このままでは1人で生活することができません。
今まで大変お世話になりましたが、私の個人的な都合で実家に帰りたいと考えています。
勝手ながら、○月○日付けで退職させていただけないでしょうか?
とご相談してはいかがでしょうか?

②借金
⇒貴方様が返したい気持ちはわかりますが、今は稼ぐことができない状態です。
ご両親に借金の理由と返済できない理由をはっきり伝えましょう。貴方様は「自分勝手」と考えているようですが、私個人は「自分で一生懸命頑張った結果」だと思います。
今は病気を治すことに専念するために親に頼ってみることをご検討してほしいです。
お金は後で返すことはできますが、体調は元気になるまでに時間がかかります。
今は病気を治すことが第一優先です。

③実家帰宅
⇒ご両親が一番辛いことは「迷惑をかけられること」よりも「貴方様が幸せにならないこと」です。
そのために夢を応援したり、貴方様を育ててきたのですから。最初はびっくりするでしょうが、全力で謝罪しましょう。
そして、病気を治したら、是非親孝行をしてくださいね。


<ご質問者様殻のご返信>
様が鬱病ということでお気持ちお察しします。
回答を拝見させていただいたとき涙が止まりませんでした。
明日、上司とお話する約束をしました。
なるべく早く辞められるように相談するつもりでいます。
頭の中でうまく整理ができませんでしたが、わかりやすく整理してくださったお陰でこれからどうすればいいかわかってきたような気がしました。
奥様、回答者様も頑張っていらっしゃるので私も治療に専念します。
有難うございました。
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「感情」のメカニズムと精神病の関係、そして治療にむけて・・・その2 

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 しかし、私も妻の介護と仕事以外の私の自由な時間を費やして情報提供していることをご理解いただけると幸いです。
 もちろん、今後も「無料」「有料」ともにブログを記載いたします。
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「客観的な判断」をするためには?

今回は、「客観的な考え方」をテーマについて私の考え方をお伝えしたいと思います。
直接ご相談いただいている方には、お話したことがあるのですが、次のような状況を浮かべると、ご自分がおかれている状況に気づくことができやすくなります。


<例>
一日1台づつ増える「戦車」がいます。その「戦車」は人間であるAさんに向けて、「玉」を撃ちます。その「玉」がAさんにあたるとAさんは「痛い」と感じます。
Aさんは「痛い」を不快に感じるため、「痛くない」に変えたいと考えています。
このような状況でAさんはどのような行動をとれば「痛い」を「痛くない」に変えることができるのでしょうか?


まず皆様にご回答いただきたく思います。「痛い」の原因は何でしょう?以下から、直感で感じた答えをお選びください。


<原因>
①「戦車が自分に向かって玉を撃っている」から。
②「玉が自分にあたる」から。
③「自分は戦車に玉を撃たれている」から。








以下は上記問いに答えた後で、ご覧いただけますようお願いいたします。


①を選んだ方は「普通」と呼ばれる生き方をされている可能性が高いです。
②を選んだ方は「精神病」の可能性が高いです。「精神病」の可能性があります。
③を選んだ方は「息苦しい」と感じる生き方をされている可能性が高いです。「アダルトチルドレン」の可能性があります。


この問いは「客観的な判断」ができるかどうかにあります。
この書き込みを見られている方は、上記例のように「痛い」を感じていない、すなわち「客観的」に考えることができる状態です。ですから、比較的に「冷静」に考えることができる状態といえるでしょう。


では上記解説を行います。
「原因」とは「ある物事や、ある状態・変化を引き起こす もとになること」です。
すなわち、「原因」を取り除くことができれば、「問題は100%解決する」ことになるのです。
ですから、「原因」は「問題」を解決することができなければ、「原因」になりません。
 ②の「玉が自分にあたる」と思った方は、おそらく「玉がなければ玉がAさんにあたることがないので、「痛い」と感じない」と考えたのではないでしょうか?
 「玉が自分にあたる」は極端な話、「玉が自分にあたらない」対策を行動すれば、「痛い」を防ぐことができることになります。
例えば、Aさんができる行動は「玉を壊す」「玉をよける」「玉をそらす」などがあり、この手段では「玉がAさんに向かってとんでくる」ことは何もかわらないので、Aさんは「玉を壊す」などの行動をずっと繰り返す必要があることになります。
しかし、「戦車」は1日に1台づつ増えます。ですから、「玉の数」は時間がたつごとに「増える」ため、Aさん1人では全部「玉を壊す」ことはできないことになります。
 すると、Aさんは頑張って「玉を壊す」ことを頑張りましたが、「壊せない玉」がAさんにあたってしまい、「痛い」をずっと経験することになるのです。
 このように、②の考え方では「痛みを感じる数を減らす」ことはできても「痛くない」を実現することはできません。
 さらに②の考え方は「頑張っている」にもかかわらず、問題は解決することができないので、「絶望状態(どうしたらよいのかわからない)」状態となって「ストレス」を生み出してしまうのです。
ですから、②の答えは「痛い」の「原因」ではありません。
あくまで、「原因」は行動することによって「100%問題を解決する」ものだからなのです。


③の「自分は戦車に玉を撃たれている」と答えた方は、おそらく「戦車が自分に向かって撃たなければ玉が当たらないので「痛い」と感じない」と考えられたのではないでしょうか?
 「自分は戦車に玉を撃たれている」は極端な話、「戦車が自分に玉をうたないようにさせる」対策を行動すれば、「痛い」を防ぐことができることになります。
 その行動の1つとして、「戦車に乗っている人に自分に向かって撃たないように注意する」ことがあります。
 しかし、戦車に乗っている人が話してくれないとどうなるでしょうか?
 「戦車が自分に玉をうたないようにさせる」ことができずに、③などの行動を自分でするしかない状況となり、「痛くない」を実現することはできないのです。
 さらに、②の場合は「自分のやりたいようにできない」という「ストレス」を作り出してしまい、この「ストレス」が「生き辛い」と感じさせる原因にもなるのです。
 
このように、①と②は「痛くない」を実現できない上に、「痛い」以外の「ストレス」を増やすことになります。
もちろん、①も②の考え方も「痛くない」問題を解決できることもあります。ここでお伝えしたいことは、「生き辛いを作りやすい考え方」であることをご理解いただきたいのです。


では①の「戦車が自分に向かって玉を撃っている」はどうなのでしょうか?
①にお考えになられる方は、「戦車はなぜ自分にむかって撃つのだろう?」と考える傾向にあります。
この考え方は「相手を知る」行動をすることにつながり、例えば「戦車を観察する」ことを実行することができるのです。
もし、「戦車は今私がいる場所にだけ玉を撃つ」という特性に「気づく」ことができます。
すると、「自分の居場所を変える」という方法をとることができ、これにより短時間で「痛くない」を実現することができるのです。
人は「なぜ玉が当たらないのか?」を理解することにより、「安心」することができるからなのです。
③の行動は「きづく」にとにより「安心」を生み出す効果があります。
さらに、1日毎に戦車が増えるのであれば、「戦車壊す」ことで、「痛くない」だけではなく、「安心をさらに作り出す」こともできるのです。
 すべては「戦車が自分に向かって玉を撃っている」事実を自分で失くすことにより、「痛くない」だけではなく、「痛くないを実現できる」という「確信」をもつことができ、「安心」できるようになるのです。

「原因」とは「事象」であり、「人」は関係ありません。さらに、「正しい原因」を理解しなければ、「行きづらい」だけであり、「安心」を得ることもできません。
以上のことを踏まえて、上記①~③の回答に対して、私は以下のようにいえると思います。


①「状況把握能力(事実を見極める力)が備わっている」
 

②「状況把握能力が弱くなっている」
 原因⇒情報不足で判断してしまうから。


③「状況把握能力が不足している」
 原因⇒客観的に判断する力が足りないから。


ここでは1例をのせましたが、「認知のゆがみ」とは「生活環境」のほんの一部しかないため、状況によって①を選んだ方も、②や③を選ぶことがあることをお見知りおきください。
大切なことは「①を実現できる数を増やす」ことです。


では次に、「客観性の重要度」の意味を理解していただくためにAさんの視点から、Aさんの行動例を3つあげさせていただきます。

<例②>
 Aさんは突然「痛い」と感じました。「なぜだろう?」と考えると、「玉が当たる」ことがわかりました。
 Aさんは「痛い」のが嫌だったので、「どうすれば玉があたらないのだろう?」と考え、「玉を壊す」行動をとりました。


<例③>
  Aさんは突然「痛い」と感じました。「なぜだろう?」と考えると、「玉が当たる」ことがわかりました。
 Aさんは「誰が玉をぶつけたんだ?」と考えました。犯人は「戦車」であることがわかりました。
 Aさんは「戦車」に「玉ぶつけるな!!」と怒りました。


<例①>
 Aさんは突然「痛い」と感じました。「なぜだろう?」と考えると、「玉が当たる」ことがわかりました。
 最初は「玉を壊す」ことをしていたのですが、「玉が飛んでくる」ことはかわらないので、「なぜだろう?」と考えました。
 すると、「戦車が自分に向かって玉を撃つ」ことができました。
 そこで、「なぜ戦車は玉をうつのだろう?」と考え周りを見渡しました。
 すると、自分は「陸上自衛隊の練習場」に迷い込んでいたことに気づいたようです。
 ここは練習場なので、近くに基地があるのでは?と思い、探してみました。
 すると、基地が見つかりました。そこにいる人に「なぜ戦車は玉をうつのか?」聞いてみました。
 すると、「戦車の試運転を行っており、人工知能が同じ場所に玉をうつ仕組みになっている」と聞きました。
 そこで、私は「陸上自衛隊の練習場を出る」という手段をとりました。



どれが一番「安心」?とお聞きすると、おそらく例①といわれるでしょう。
少ない情報で「行動」を決めるのでは「安心」をえることはできません。
上記例の場合は「陸上自衛隊の練習場にいるから撃たれる」のであり、最初の「痛い」だけでは、「安心」など手に入れることなどできないのです。
確かに、例②も③も「痛くない」を手に入れられますが、「安心」を手に入れることができないことがわかるでしょうか?
大切なことは「事実」を明らかにすることであり、「真の痛くない」は「安心」を手に入れることにあることをご理解いただけると幸いです。






上記は「客観的な判断力」を磨くための著書例を記載します。ご参考にしていただければ幸いです。



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「人に愛される」ためには?

 「人に愛される」ことについて、私の考えを記載させていただきます。


 世の中の多くの方は「人に愛されたい」と考えたことがあると思います。
 そこで、ここでは「人に愛される方法」について記載いたします。
 「人に愛される方法」を実現するには、「相手に自分を愛する」ことを実行していただかなければなりません。
 もし、相手が「愛したくない」と感じれば、その人がいくら「愛してほしい」と感じても「愛されない」結果しかえられません。
 もし、貴方様が「相手に愛されたくない」と感じても、相手が「貴方様を愛する」ことを実行すれば、貴方様は「人に愛される」結果となります。
 このように、人にはそれぞれ「意思」を持っているため、「自分の意思」では直接的に「人に愛される」ことをコントロールすることはできないことになります。
 

 では、「人に愛される方法」を実現するにはどうすればよいのでしょうか?
 まずご理解いただきたいことは、「人に愛される」とは「自分が人に愛されていると感じること」です。
 では、「人に愛されている」と感じるには、どういう時に感じるのでしょうか?
 そのためには「人を愛する」という意味をご理解いただく必要があります。
 「愛する」とは「愛情を注ぐこと」と定義されています。また、「愛情」とは「深く愛し、いつくしむ(かわいがる)心」と定義されております。
 では「愛」とは何なのでしょうか?
 辞書には「生あるものをかわいがり大事にする気持ち」と定義されていました。
 以上のことから、辞書での説明によると、「人を愛する」とは「人をかわいがり大事にする気持ち」ということになります。
 ここで、他人の気持ちは自分では感じれないため、「人に愛される」と感じるためには、「他人からかわいがられて大事にされている」と感じることが必要といえるのではないでしょうか?
 もし、そうであれば、「人に愛される」とは、「他人からかわいがられて大事にされる」ことで「人に愛されている」と感じることができると私は考えます。
 

 以上のことを踏まえ、「人に愛される方法」について記載いたします。
 私の考える「人に愛される方法」とは「相手を理解し、愛すること」だと思っております。以下、詳細に説明いたします。
 人は「体験」により「知る」ことができます。逆に言えば、「体験」なしに「知る」ことはできないことになります。
 もちろん、自分で体験していなくても、「他人の体験談」によって、「知る」を得ることができます。
 しかし、これは自分の経験ではないため、「経験」した方に比べて、「知る」の情報量が不足しているということになります。
 例えば、Aさんはトイレにいきたいとします。しかし、公衆トイレにいったことはなく、「不安」になり、Bさんの体験談を聞きました。
 Bさんは「トイレの数が家よりも多いだけだよ。」とAさんに話しました。
 実際にトイレにいくと、確かにトイレの数は多かったのですが、すべて和式のトイレだったのです。
 Aさんは洋式のトイレしか体験したことがなく、使い方もわかりません。
 このように、体験談だけでは「きづかない問題が自分にでてくる」ために、「知る」の情報は不足していることになります。
 ここで、「人に愛される」は自分にとって「体験する」ことにあたります。
 人は学校や仕事など、色々な人と関係を持ちます。
 すると、人は「愛されたい」と感じる生き物なので、初めてであった人は「どんな人かわからない」という「不安」から、「人に愛される方法」を探そうとします。
 そこで、多くの人は「相手に喜んでもらうこと」を実行します。
 これは言い換えると、「相手を大切にする」行動であり、「人を愛する」ことにつながります。
 行動された相手が「大切にされている」と感じると、大切にされた感じた時のみ、相手は「大切にする」行動を返してくれます。
 このように、人は「人を愛する」ことにより、「人に愛される」ということを「体験」として知っていることになります。
 以上のことから、私は「人に愛される方法」とは、「人を愛する」ことであると考えます。
 もちろん、自分が相手に「愛する」を実行しても、相手が「大切にされている(嬉しいなど)」と感じなければ、「人に愛される」ことにつながりません。
 人が「大切にされている」と感じるには「嬉しい」などの「感情」が必要です。
 ここで、必ず人が「嬉しい」と感じることは「相手が望むこと」を行動することになります。
 ですから、「愛する」ことも重要ですが、相手が何を望んでいるのか知ることによって、自分が相手を「愛する」という行動をしていることを相手も「気づく」ことができるようになるのです。


 まとめますと、「人に愛される」ためには、「相手が望むことを理解し、愛すること」です。
 この方法を実現するためには、「相手を理解する」「相手を愛する」の2つの要素が必要であることをご理解いただけると幸いです。
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プロフィール

よっし~2

Author:よっし~2
 精神病の彼女と僕が精神病を乗り越えて結婚までを描いた日常を「ドラマ」に記載しております。今では彼女から妻へ変わり、さらに病状は日々改善しております。
 その際、介護側である私が思いついたことや、病気の紹介などを「治療方法」に記載しております。
  2013年2月より「精神病の彼女と僕 ~私と彼女が幸せを掴むために~」が「まぐまぐメルマガ」でデビューすることになりました。
 もちろん、本メルマガは無料であり、週間となっております。ご興味のある方はご登録のほどお願いいたします。
 まぐまぐでは、私と妻のストーリーをご報告する予定であり、初回はブログ公開中の第1話から第16話を配信予定としております。
 少しでも多くのお客様にご覧いただけるように、第16話以降はまぐまぐの会員限定とさせていただきます。
 まぐまぐ会員の方には「パスワード」をお伝えいたしますので、本ブログでも回覧可能となります。

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