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精神病患者が結果を出せない理由、そして改善へ

精神病は「自分で自分を大切にする」ことができない病気です。
 そして、「自分で自分を大切にする」ためには、「自分に自信をつける」ことが必要になります。
 これまで、私は「自信をつける」ためには、「成功体験」が必要とお伝えしました。
 私の妻の場合は、「医療事務の資格取得」という「結果」をだせたことにあります。
 しかし、精神病の人は「自信がない」状態であり、「自分ができない」と感じることを「できるかもしれない」と思うようになるまで、いくつか課題が生じます。
 私の妻の例でいえば、「資格を取得する」ためには「試験を受ける」必要があります。
また、「試験を受ける」だけでなく、「勉強する」必要もあります。
「勉強する」環境を得るために、妻は「学校にいく」という選択肢を選びました。
「学校に通う」ということは、自分で学校までいかないといけません。
妻は「自転車で学校に通う」という選択肢を選びました。
このように、結果を得るためには「複数の課題」が存在し、かつ妻が「不安」と感じればそれ以外の問題もでてくることになります。
では、どうやって「結果」を得ればよいのでしょうか?
皆様もお気づきでしょうが、問題を1つ1つ解決(これも成功体験)するしかありません。
「不安」には必ず「原因」があります。例えば、妻の場合は「学校にいけない」ことがありました。
その理由は、「勉強がついていけなくて不安だ」というのです。
しかし、妻は勘違いしています。
妻が学校いけないと「鬱状態」になりました。
その時に本音がでるのです。
妻は私に「車があれば学校にいけるのに、学校いけないのは車を持っていないからだ。私の車がほしい。」というのです。
妻が学校にいけなかった真の理由は「楽に学校へいけない」ということだったのです。
鬱状態(感情)とは全く異なる理解を妻の「理性」はしているのです。
これが「認知のゆがみ」となり、「妻の自信」を奪っていく原因となります。
このように、病気になっている本人は、「理性」と「感情」で考えることが異なります。
異なる理由は、「人に嫌われたくない、自分は傷つきたくない」という「本能」が「楽に学校へいきたい」と感じる「感情」を「悪い子」と感じてしまうため、「理性」は「感情」を抑えて「良い子」を演じるのです。
そして、妻のような境界性人格障害は「良い子」=「自分の意思」と思ってしまい、「感情」で感じることを「我慢」することになります。
すなわち、「自分で自分を守れない」状況になるのです。
このような場合、介護者が患者の病気を治すサポートをするには、相手の「感情」を理解する必要があります。
本人は「感情」=「悪い心」=「もってはいけない危険な考え」というように感じているため、本人は鬱状態にならない限りいいません。
本人が悩みをうちあけないのですから、介護者は自分で「きづく」しかないのです。
「きづく」ことができれば、患者本人と一緒に問題を解決することができます。
すなわち、介護者が患者をサポートする方法は、「患者の気持ちを理解し、一緒に解決する方法を考えること」になるのです。
 私の妻のように、「本音」を話すことができない、又は気づいていない患者の場合は、「鬱状態」にさせる必要があります。
なぜなら、介護者は神様ではないので、相手が本音を語ってくれなければ、どうすればよいのか理解できません。
だから、「鬱状態」にさせることで「本音」を自分の意思でいわせることになります。
 患者本人が「本音」を介護者に話せる人は、介護者に迷惑をかけずに「病気を早く治す」ことができます。
このように、患者本人が「本音」を話せることを「自分で自分を守る」行動といいます。

 「恐怖(相手に嫌われたくない)」という「不安」に対して、患者本人の「理性」が「我慢させる行動」から「不安を取り除く行動」に切り替えることができれば、病気完治となります。

私の妻の場合は「私から車を借りる」という行為が、「駐車場代がかかる」や「私が自転車で会社にいくことになる」などの「不安」を作り出し、「我慢する」行動を行ってしまいます。

だから、私は「車でいきなさい(私に負担かける行動)」「タクシーでいきなさい(お金をつかう行動)」と妻が「恐怖」と感じる行動を半強制的にやらせました。

このように、妻が望んでいることを私が進んで行わせることにより、「車で学校にいく」≠「恐怖」と感じれるようになったのです。

ここで、「車で学校にいく」のは、「学校にいくこと」に対する「手段」であり、妻は「手段」に悩まされ、学校にいくことが困難になっています。

精神病患者は「手段」で「不安」を作りだすため、「健常者の理解が得られない」のです。

私は妻に対して、「学校にいくこと」を目的としているのだから、「手段は何でもいい」といっていました。

 しかし、妻は自分で作り出した「手段に対する不安」があるため、妻の考える「手段」は「手段に対する不安」を取り除く手段「自転車で学校に行く」に限定してしまうのです。
 この「不安」に対し、妻は「手段の効率」を重要視してしまっていることになります。
確かに、「学校にいく」・「お金をかけない」・「私の負担を小さくする」という結果が得られます。
 しかし、妻は「結果」が得られるまで「学校にいけないかもしれない」という不安と、「自転車で学校に行けないかもしれない」という不安を抱えながら妻は行動しなければならないのです。
このような妻の行動を「頑張りすぎ」といいます。
「目的」は「学校にいくこと」なのですから、まずは「学校にいくこと」を実現する方法を見出すことのみ考える必要があります。
なぜなら、「自信」がなければ「行動」できないからなのです。
妻は「学校にいく」という「自信」もないのに、さらに「お金をかけない」・「私の負担を小さくする」という問題を同時に抱えていることになります。
だから、妻は「生き辛い」と感じて生きているのです。
「生きやすい」を得るためには、「1つ」に絞ることです。3つ同時は大変難しいですが、1つだけならば、3つよりも小さい苦労ですみます。
 「すべて同時に解決する」という「手段の効率」が妻を苦しめ、「結果」が得られにくい原因となるのです。
 「生きやすい」と感じるためには、問題を減らすことが重要です。
そのためには複数同時に解決する「手段の効率」ではなく、1つ1つ確実に問題を解決する「結果の効率」を重要視することを妻に気づいてほしいのです。

 ようは、妻の考える「手段」は「頑張りすぎ(手段の効率)」であり、「行動」することはとても大変です。
そして、妻の考える方法は頑張らないといけないので、「頑張れないかもしれないという不安」を自分で作りだしてしまいます。
すなわち、「自分で自分を守れない」につながるのです。
だから、私は「目的を達成する手段」のみに限定するこそが、「安心」をすぐに手に入れることができ、長続きできると思うのです。
「結果」がえられるが納得できる「手段」をみつけることができると、「学校にいくこと」ができることを教えたかったことになります。
そして、「学校にいかない」=「恐怖」であり、「学校へいけない」≠「恐怖」とし、「自分が満足できる手段」を見つけられれば、「学校にいくこと」ができるのです。

 妻の場合は、「目的を達成する手段(車又はタクシーで学校にいく)」を実行させると「学校にいくことは自分にできる」と「自信」をもてるようになりました。
面白いことに、すぐに「お金をかけない」や「私の負担を小さくする」という問題に注目することができるようになり、「車で学校にいく」から「自転車で学校にいく」に成長することができたのです。

  私がここでいいたいことは、「自信」がなければ、「できないかもしれない」と「不安」を自分で作り出し、その「不安」を取り除くことができなければ、「結果(学校へいくこと)」を出すことができないのです。
 「不安」は「目的」の数だけ存在します。
 妻の場合は、「学校にいくこと」以外にも、手段の効率の観点から、手段を「目的」としてしまい、「経費削減」と「夫負担の軽減」も追加していることになります。
 1つの目的が3つに増えることにより、妻は人の3倍の不安を抱えていることになります。
 この不安の数が「頑張りすぎ」につながっていることに、私は早く妻にきづかせてあげたいです。
なぜなら、今よりも3倍楽になるからです。
 精神病の人は「自分に対する自信」がなくなった状態であり、「頑張らなきゃ」と考えすぎます。
 精神病患者は頑張るために「手段の効率」によって、自分の行動を限定してしまい、「不安」を自分で作り出してしまうことにあるのです。

よく本に精神病患者の特徴として「頑張りすぎ」とあります。
そして、「頑張れ」は禁句といいます。
それは「手段の効率」で頑張らないといけないと思い込んでいるからなのです。
「結果」ではなく、「手段の効率」を重要視するあまりに「結果がだせない」というリスクをしょいます。
そして、「手段」が「目的」となると、妻の場合は「学校に行くこと」「経費削減」「私の負担を減らすこと」すべてを同時に解決しなければ、足りない(安心できない)と感じ、「安心」を得るために「もっとがんばらなきゃ」と思ってしまうのです。
私が妻に望んでいることは「学校にいくこと」だけです。
だから、「経費削減」や「私の負担を減らすこと」は私は望んでいないので、妻を怒ったりしません。
妻はそれでも「やらなければ怒られる」と感じているのです。
その理由が「見捨てられ不安」です。
「愛情」を理解できなかった大人は「手段の効率」をやらなきゃいけないと感じているのです。
課題は1つしか解決するべきではありません。
その理由は課題1つにつき「1つの不安」が存在するからです。
同時に抱え込むと、自分ができるという「自信」をえることができません。
だから、最終的には「生き辛い」しか残らないのです。
精神病患者には是非、1つ1つ課題を解決する「結果の効率」を重要視してほしいと願います。
そうすれば、「自信」を自分で作り出し、「自分で自分を守る」ことができるようになるからです。
「成功体験」の意味は「1つの課題を解決する」ということです。
決して、同時に解決する「手段の効率」は「生き辛い」だけであることをご理解いただけると幸いです。
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「自分の考え」と「事実」の切り分けの重要性!!

ここでは、「自分の考え」と「事実」の切り分けの「必要性」についてお話いたします。

みなさんにお聞きします。
「体がだるい」と感じた時、どのような行動をとりますか?
以下の選択肢から、近いものを選んでください。但し、精神病の方は精神病になる前だったらどうしていたのかで判断してください。

①とりあえず、内科にいってみる。
②風邪だろうと思い、薬飲んで寝る。
③体温計で熱をはかり、その結果をもって行動内容を決定する。


これだけの質問で確証はいえませんが、選択しによって次のようなタイプ別に別けれることができます。悪魔で私個人の意見であることをご理解ください。

①を選ぶ方は、最初から専門家に正しく判断してもらいたいという方、又は早く良くなりたいから病院で薬をもらいたいという方が多いでしょう。
②を選ぶ方は、「体がだるい」≒「風邪」と考え、「安静にすれば治るだろう」と考える方が多いでしょう。
③を選ぶ方は、「体がだるい」=「風邪」であるか確認するため、「風邪の特徴」である「発熱」を測定し、その結果によって行動内容を決定する方が多いでしょう。
選択した番号が私の記載したような理由の場合、次のように性格をタイプわけすることができます。
①は「人に甘えるタイプ」、②は「思い込みタイプ」、③は「自分で自分を大切にするタイプ」です。
特に、①と②は比較的に「精神病にかかりやすいタイプ」なのです。
③<①<②の順で精神病にかかりやすくなります。
①と②を選んだ方は「息苦しい」考え方をしており、自分の行動を「自由」よりも「限定」して生きてしまう可能性が高いのです。
もし、①と②を選んだ人で、「生きやすい」と考える人はそのままでもよいかもしれませんが、精神病になると一生ぶり返したり、完治できなかったりしやすいです。
以下、判断基準について説明します。


①は「自分で考える」ことに苦手意識をもつ傾向があります。
その理由の多くは「何を考えればよいのかわからない」であり、「何を考えればよいのかわからない時にどうする?」ということを見出せていない人に多いようです。
このようなタイプは「自分で考える」ことが不得意であるため、自分のわからない問題が起きた場合は「受動的(~してほしい)」と考える傾向があります。
しかし、人は「自分のことは自分でやる」ことが当たり前なので、相手は「助けるメリット」がない場合は助けてくれません。
今回の場合は「医者にみてもらう」ですが、相手のメリットは「お金」に相当します。
このように、①のタイプは「自分で自分の問題を解決する」ことが苦手であり、「不安」を「溜め込む」癖があります。
①のタイプは「精神状態が子供である」ことが多く、「アダルトチルドレン」の傾向があるという自覚を持っていた方がよいようです。
但し、学生は健常者でもこのような傾向が強いようです。

②は「勘違いしやすい」傾向があります。
「風邪」と判断するには、「根拠」が必要です。
しかし、「だるい=風邪」は「自分の考え」であり、事実ではありません。
「だるい」=「風邪」と考えているため、「風邪の治療」を頑張るものの、「実は風邪ではない」時に「気づく」ことが遅いため、「無駄なことをした」と「イライラ」を自分自身で生みやすい性格なのです。
②のタイプは「認知のゆがみ(思い込み)」が多いため、「人格障害」になりやすい傾向があります。

③は「自分で自分を守る」傾向があります。
「だるい(事実)」=「風邪(推測)」であるため、風邪の特徴である「発熱」を計測し、「だるい」≒「風邪」である証明を行うのです。
もちろん、「発熱=風邪」でないことを理解できていれば、例えば「2週間微熱が続く」時は別の症状を疑うこともできます。
もし、「肺炎」であれば、「肺炎の治療」に対する対策をとることができるなど「臨機応変の対応が可能」となります。
もちろん、②のタイプとは異なり、「だるい≠風邪」ではない原因が「肺炎」であることを理解したので、これまで「風邪の治療」を行っていたことを「イライラ」することはなく、「正しい判断ができた」という「満足感」が得ることができ、「嬉しい」という感情を生むことができます。

人は「結果」を求めます。しかし、人は「良い結果が得られる(納得)」と確信できた時に、「安心」を得ることができます。
ですから、「納得」こそが「安心」を作り出す大きな武器なのです。
「納得」は「プロセス」であり、「結果」を得られなくても「安心」を作り出せるのです。

しかし、①や②のタイプは、「納得」=「結果」と考えてしまい、「結果」がえられなければ「安心」できないように自分でしているのです。
特に、「不安(本例では体がだるいこと)」を解決する時間が短ければ、①~③タイプに属していても問題ないのですが、「不安」を解決する時間が長いことが問題になります。
「不安」は「負の感情」であるため、誰でも早く取り除きたいと考えます。
しかし、③のタイプは「プロセス」で「安心」を得ることができますが、①と②は「結果」が得られないと「安心」を得ることができないのです。
③のタイプは「プロセス」で「安心」を得ることができるので、「病状と治療方法」が明確になるだけで「安心」が得られます。
一方、①と②のタイプは「結果」が得られないと「安心」できないため、病気が治らないと「安心」できないのです。

以上のことから、①と②のタイプは「自分は我慢している」と感じやすい性格になるのです。
ここから、①と②のタイプは「ネガティブ」思考になりやすいのです。
なぜなら、「結果」が得られるまで、「辛いことを我慢する」ということを実行しているからなのです。
「我慢」は「辛いこと」であり、精神的に辛いことでしかないのです。

一方、③のタイプは「プロセス」を探すために「事実を明らかにする」必要があります。「だるい」が長引いた場合も「何の病気なのだろう?」と考えることを実行します。
「我慢」ではなく、「納得」できる手段を探しているのです。
「納得」は「嬉しいこと」であり、精神的に楽なことなのです。

以上のことから、「プロセス」を重視すると「納得」を探すことができるため、「だるい」ではなく「納得」できれば「安心」を作り出すことができます。

しかし、「正しいプロセス」を理解するためには、「事実」と「自分の思い」を切り分けする必要があります。
もし、②のタイプのように、「だるい」=「風邪」だと考えてしまったら、「風邪の治し方がわるいのではないか?」と考えてしまうことがあり、「風邪の治し方」を色々と考えて実行するのです。
しかし、「肺炎」であれば、「効果のない行動」となることがあります。
ですから、私は苦労しやすい原因はこの「思い込み」によるものと考えます。
例え、病院へいったとしても、「診断ミス」がある場合もあります。
「風邪」とご診断することもあるのです。
例えば、「レントゲン」をとっていれば、「肺炎」と自分で判断することも可能です。
しかし、本人が「レントゲンをとって、肺の写真をみる」という手段をしらなければ、見出すこともできません。
わかりやすくいえば、耳が痛いのに整骨医院にいっても、「(骨と神経には)問題なし」といわれるだけであり、「病院へいく」だけでは何の意味もないのです。
今回の例でいえば、「事実」は「だるい」だけです。「だるい」のは「体に異常がある」ことも「事実」です。
このような事実が「正しい治療のプロセス」をきちんと行動しなければ、「結果」も得ることができないのです。
1つ行動するとなんらかの「事実」が必ずわかります。
その「事実」をうけとめることこそ、「結果」が得られることにつながるのです。

精神病が長く続いている場合は、治し方に問題が必ずあります。
「療養」「薬を飲む」「病院に通う」すべて「手段」です。
それでも長い間うまくいかない時はすべて「正しいプロセス」ではないのです。
上手くいかない時は常に「どうすればよいのか?」という方法を複数もつと効果があります。
イメージは「研究開発」のようなものです。
「行動」は「正しいプロセス」を見つけやすくする「手段」です。
「正しいプロセス」がみつかれば、必ず精神病は治ります。
行動をするたびに、「結果」がえられます。
この行動の結果が、「結果がえられない」だったとしても、「正しいプロセス」に近づくためのヒントになります。
なぜなら、この方法では「効果が少ない」という事実がわかったからです。
例えば「リフレックス(抗鬱薬の1種)」がきかなければ、リフレックスがきかないだけではなく、次のような考えももってほしいのです。
リフレックスはSSRIであり、セロトニンを取り込みやすくする薬である。
自分はリフレックスが効果が少ないということは、セロトニンをつくることができないというわけではない(事実)。
鬱病はメカニズムがよくわからず、推測しかない(事実)。
その推測は、セロトニンだけではなく、ドーパミん不足説もある。
だったら、ドーパミンも試してみたい。
上記は「薬」の例でしたが、「薬」は医者に任せて、効率を考えて別の観点で考えてみようということもありだと思います。
私はここに色々と自分の考えを記載していますが、悪い言い方ですが妻に試して得られた結果を事実と推測(メカニズム)に分けて記載しております。
私の結論は、「薬」は「病状を減らす」ために飲ませ、「病気を治す」には「自分で自分を守れるようになる」にさせることです。
これは私が2年半かけて妻と行動した「結果」からわかったすべて「事実」なのです。
即効性のある「治療方法」は見出せておりませんが、上記記載の事実を達成するための「手段」を常日頃考えています。
私の場合は「自分で自分を守る」ことはできますが、妻に対して「支える」ことしかできません。
しかし、私が死んでも妻は1人でいきることになります。
そのことを考えると、私は妻に「自分で自分を守る手段」の力を身につける手助けすることが、今の私が妻のためにできることです。
結果主義である今の妻は、私の思いをどのぐらい理解してもらえているかはわかりません。
「結果」と違って、「プロセス(考え方)」は妻自身で作り出すものなので、私が頑張っても、私の頑張りは目にみえません。
しかし、妻が「自分で自分を守る」力をつけられれば、「未来」は自分で切り開くことができ、「ずっと幸せ」を感じることができるのではないかと私は信じています。
 
 私は妻に「ずっと生きやすい」と感じてほしいです。
だから、私はこれからも妻を支えていこうと思います。
これが、私の考える「妻への永遠の愛の証」です。




精神病の彼女と僕 精神病患者が結果を出せない理由、そして改善へ

精神病の発症メカニズムとその具体的な治療手法!!

本ページは「有料」設定にさせていただきます。
 この有料設定は、FC2ブログによるものですので、ご利用をご希望される方はセキュリティなどご安心してご利用ください。
 また、購入いただいた記事に「回覧期限はない」ことをご理解の上、ご購入願います。
 「有料」記事は、ブログ内に記載の私の考え方を「私の経験と努力」で得た手法です。皆様の中には「有料」ということで不快な思いをされる方もいらっしゃると思います。
 しかし、私も妻の介護と仕事以外の私の自由な時間を費やして情報提供していることをご理解いただけると幸いです。
 もちろん、今後も「無料」「有料」ともにブログを記載いたします。
 ブログ内では、これまで通り「精神病の治療に対する考え方」を記載し、「有料」記事では「具体的な治療手段とその考え方」について記載します。
 「有料」記事の狙いは「実際のリハビリ内容から気づきを提供する」ことにあります。

 ここでは、「具体的な治療方法)」について記載したものです。
 妻がどうやって「ストレス改善」を手にしたのかについて詳細に説明したものです。
 私が実際に妻に対して行動した内容や客観的に私なりに解析した結果など含め、妻が改善した事例を例に説明いたします。


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私達夫婦へのクレームとその対応方法例について

 ここでは「事実」と「思い込み」の切り分けを行う必要性についての理解を深めるため、私と妻に起きた事件を例に説明いたします。


 先日、住まいのアパートで「苦情」を受けました。理由は「騒音(ドアの開閉がうるさい)」と「異臭(タバコ臭い)」についてです。
 その際、妻は相手に対して非常に怒りを感じていました。そこで、私は以下のじょうな文章をまとめることにしました。


~~不動産屋に当てた手紙~~
お世話になっております、○○アパート○○号室の○○と申します。
2013年1月18日に書面にていただきました「改善依頼」の件で、私達のお気持ちをお伝えしたく書面にいたしました。尚、ご指摘のあった改善依頼内容は以下の2点です。
 ①:異臭(たばこの煙)
 ②:騒音(ドアの開閉)

昨年の年末にもご担当者の◎様から上記同様のご相談を受けました。その際は、「玄関下のたばこの煙が2階の方の洗濯物についてしまうので、改善をお願いしたい。また、夜中(11時以降)のドアの開閉も騒音の原因となりますので、静かに開閉する対応をお願いします」とご連絡を受けました。
私達夫婦はご近所の方にご迷惑おかけすることは望んでいないため、①タバコは駐車場(煙が洗濯物に直接あたらない場所)で吸う ②私たちは仕事で11時以降に帰宅する頻度が多いため、ドアの開閉をゆっくりする対応を行う の2点を心がけていました。
しかし、2013年1月18日に同様の内容を電話から書面に変更して送付いただきました。この手紙を受け、私達は大変ショックを受けました。
その理由は、私達が「対策を実行することを頑張っている」のに対し、書面内には「異臭並びに騒音をやめなさい」という警告を、今度は書面にてA不動産様にいただいたからです。
このような行動は前回ご指摘をいただいている私達からすれば、「私達が何もしていない」や「私達の行動では十分ではない」などと感じて、仕方がありません。
どなた様にご迷惑おかけしているかわかりませんが、①異臭 ②騒音に対して、私達である物的証拠があるのでしょうか?あるならば、なぜ見せていただけないのでしょうか?ないならばなぜ、A不動産様は私たち宛に手紙を送ったのでしょうか?納得できる理由を教えてください。
書面の内容から私達には「原因は私達にある」ときめつけていられるような気分になり、A不動産様に対し、大変腹立たしく思っている状況です。
いただいた書面を読んだ私達夫婦の気持ちを素直にお伝えすると、タバコは同じ住宅内でも外で吸っている方もいらっしゃいますし、騒音も私達は故意で激しい開け閉めや故意に頻度を増やしているわけではありません。もしかしたら、他の部屋の方からもしれないですし、住宅に住んでいない他の方かもしれません。もしかすると、改善依頼を出された方が過敏すぎるのかもしれません。
手紙にはご指摘内容の記載しかないこともあり、私達は改善行動しているにもかかわらず、私達に対して繰り返しご指摘を受けている気分になり、大変精神的なショックを受けました。

私達は前回のご指摘を受けて考えを改め、「受喫煙の義務」と考えている範囲内でタバコを吸っていますし、「騒音」に関しても「できる限り最低限の音」を心がけています。最低限度の行動を行っているからこそ、私達夫婦はよけいに腹がたつのです。
騒音に関しては私達も2階の騒音に悩まされています。ドアの駆け上がる音や夜中に突然「ドン」となる音など非常に迷惑です。しかし、10A号室や10B号室も2階の騒音に悩まされていることを知り、私達は「受忍義務」にのっとり、お互い様だと思って生活をしてきました。
また、ドアの開閉による騒音は、サンライズ弐番館が上下の騒音に弱いように感じることも1階に住む方全員の直接的な意見です。しかし、1階の皆様は「受忍義務」と思って生活している状況も理解していただきたいです。

以上のことから、私達は「受忍義務の範囲内にもかかわらず、過剰なクレームを受けている」と感じ、この思いを正しく理解していただきたく手紙を書かせていただきました。私達は生活最低限の「異臭」並びに「騒音」を出しておらず、受忍義務違反しない行動を心がけています。
私個人としては、「家で魚をやく」行為が「魚の匂いが嫌い」という敏感の方に「異臭する」とクレームを受けたり、廊下を歩くだけで「うるさい」とクレームを受けている気持ちです。これではクレームを受けた側は「生活するな」といわれているように思えますし、私個人としてはクレームした方自身が「受忍義務を受け入れる気がない」ように思えて仕方ありません。

以上のような理由で、私達夫婦はこれ以上「異臭」並びに「騒音」に対する対策を行えません。むしろ、今回の書面は「受忍義務」を精一杯取り組んでいる人に対して失礼行為のように思えます。

今後は、相手側にも「受忍義務」があることをきちんとご説明したことを記載の上で書面を送るなど、お互い我慢も必要であることをお伝えしあった真摯な書面をお送りするように改善の程お願い申し上げます。

私達夫婦のように「受忍義務の範囲内にもかかわらず、過剰なクレームを受けている」と感じると、改善依頼を出されたお相手様を逆恨みし、結果的にはご近所同士の争いの原因をA不動産様がつくっていることになってしまいます。

私達夫婦にも我慢の限界があります。今後も同じようなことがある場合は、住宅の上下の騒音調査依頼も含め、「名誉感情の毀損」で訴えることを弁護士に相談するつもりです。

もし、クレームをだされた方が私達に対して出されたものである場合、「受忍義務違反ではない。最大限の努力をしている。」という私達夫婦の気持ちをお伝えください。
ご理解いただけないようでしたら、最大限の努力をしている私達としてはなすすべがないので、裁判所に訴えるようにお伝え願います。逆に私達夫婦の認識では「受忍義務の範囲内にもかかわらず、過剰なクレームを受けている」と判断しておりますので「名誉感情の毀損」で訴えることも予めご報告いただけると幸いです。


以上

~~ 終了 ~~

 簡単にまとめますと、相手は子育てを始めた奥様で、不眠症で悩まれている方のようです。
 これは、不眠症になったのは「私達の責任である」と思い込んだクレームでした。
 私達はできる限りのことをやっていますが、それでも気になる奥様にとっては不満なのです。

 しかし、私達は頑張って騒音や異臭を減らしていますが、それでも相手側は理解してくれません。
  私は、「私達の責任」以上を求められているように感じ、上記の文章を書きました。
 不動産の担当者には私達の思いを理解してくださったようで、あちらもどのように対応してよいかわからず悩まれていたようです。
 しかし、不動産の担当者は私達の状況を確認しないで、相手側の悩みを解決する行動ばかりにとらわれてしまいました。
 それが、私と妻を怒らせるきっかけとなったのです。
 相手側の奥様が「眠れない」ことは事実ですが、「私達夫婦が異臭、又は騒音」の原因であるかどうかは「推測」であり、「事実」ではないのです。
 私達も生活しているのですから、最低限の「異臭や騒音」を発生もします。
 それを求めすぎることは、相手側の奥様の「わがまま」でしかないのです。
 以前同じ部屋に住まれていた方も子育てをしていましたが、一度もクレームを出されたことはありませんでした。
 その事実も含めて、「音や臭いに敏感になっている事実もあるのではないか?」ということに私は奥様に気づいてほしいと思っています。
もし、「音や臭いに敏感になっている」のであれば、「子育てに疲れている」ことが問題であり、「子育て方法の変更」が解決策になるのです。
 いくら私達夫婦が改善しても、「満足できない」ことになり、私達夫婦は被害を受けただけということになるのです。
 このように、事実を受け止めることは大変重要になります。
 そうでなければ、自分だけではなく、周りも苦しめる結果しかえられないのです。
 ですから、私は「私の思い」と「事実」の追求を提案することで、「何も対策をしない」という行動をとることにしました。
 妻の場合は「イライラ」が募り、「相手にクレームつける」というさらにお互いが辛い状況になる手段を行動してしまうのです。

 私は「私達も相手も満足できる」環境にすることが大切であると思っているので、まずは相手側に自分達の紳士的な行動を理解してもらうために上記手紙を書きました。
 さらに、「原因」は「他にあるのでは?」という気づきをお伝えするために、「敏感になりやすいのでは?」と提案をした形になります。
 それでも満足できない場合は、私達にはどうしようもないので、白黒(裁判)はっきりするしかないということをお伝えしたのです。
 お互いに頑張っているのですから、それ以上は無意味だからです。

 私の妻や相手側の奥様のような「自分の気持ちを優先する」行動は「みんなが不幸になる」結果をえるだけです。
 しかし、「相手も自分も大切にする」行動を行えば、「相手も自分を幸せになる」結果が得られることをご理解いただけると幸いです。

私達夫婦に対するクレーム・・・その後について

今回は前回記載した「私達夫婦に対するクレームとその対応方法例」の結果についてご報告します。

 昨夜のことです。私がタバコを吸って部屋へ帰宅すると、2階の旦那様が私の家の玄関前へいらしておりました。
 年齢は20歳前半であり、奥様も同じぐらいの歳であると妻から事前に話しをきいておりました。
 私は旦那様に声がけしました。「どうかしましたか?」
 すると、2階の旦那様は次のようにいいました。
 「不動産の担当者からお話を伺いました。先日は私達の一方通行にお気持ちをお伝えする形となり、不愉快な思いをさせて大変申し訳ありませんでした。」と謝罪してくださったのです。
 私は「いえいえ、私達こそ、ご迷惑をおかけすることもあったかと思いますので、お互い様です。
 貴方様ご夫婦は、始めての子育てで、大変な状況であることは私達夫婦も理解しております。
 ですから、できる限りご協力するつもりですので、今後お気軽にご相談ください。
 ドアの開閉音が気になるということでしたので、今回は防音用シートを準備して、すでに貼り付けております。
 私達でもできる限りは行いますが、生活する以上は生活の騒音はどうしてもなってしまいます。
 その際は、私たちでもどうしようもないということをはっきりお伝えするつもりです。
 これからも、お互いが過ごしやすい環境やルールを明確にしていけるといいですね。」と伝えました。
 2階の旦那様もご納得いただくことができ、私達夫婦へのクレームは、お互いよりそうことで、解決することができました。
 ご理解のあるご夫婦で、私達も一安心です♪♪
ブロマガ

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よっし~2

Author:よっし~2
 精神病の彼女と僕が精神病を乗り越えて結婚までを描いた日常を「ドラマ」に記載しております。今では彼女から妻へ変わり、さらに病状は日々改善しております。
 その際、介護側である私が思いついたことや、病気の紹介などを「治療方法」に記載しております。
  2013年2月より「精神病の彼女と僕 ~私と彼女が幸せを掴むために~」が「まぐまぐメルマガ」でデビューすることになりました。
 もちろん、本メルマガは無料であり、週間となっております。ご興味のある方はご登録のほどお願いいたします。
 まぐまぐでは、私と妻のストーリーをご報告する予定であり、初回はブログ公開中の第1話から第16話を配信予定としております。
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 まぐまぐ会員の方には「パスワード」をお伝えいたしますので、本ブログでも回覧可能となります。

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