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「私が妻を愛している理由」

最近、ご質問で「なぜ妻をそこまで愛せるのか?」と聞かれることが多いです。そこで、ここでは私が「なぜ妻を愛しているのか?」について記載いたします。
 昔の私は、自分に自信が全くなく、世の中で一番信頼できないのが私自身と感じていました。だから、人から自分と異なる意見を言われると、自分は絶対に間違っていると感じてしまい、自分は駄目人間だと自分を追い込む性格でした。しかし、私はそんな自分の性格を変えたいと思い、自分の気持ちに正直になる決心をしました。
 初めて会った人には、私のことがわからないので、最初から素直に話すことはそんなに苦難ではありませんでした。素直に話せるようになると、少しづつ楽しくなり、毎日が幸せに感じました。その頃から、いつも笑顔で明るい子というイメージを周りは持ってくれたみたいです。しかし、性格とは中々かえることができないものです。あるとき、私はバイト先の女の子に告白されました。その女性は良い所は好きなのですが、悪い所は好きではありませんでした。だから、友達以上に見ることができませんでした。しかし、私は彼女が自分を必要としてくれていることを十分理解することができたので、その女性とお付き合いすることにしました。私は自分のためではなく、相手のためにお付き合いしたのです。お付き合いすると、自分の考えと合わないところばかり目をくばり、いつも喧嘩ばかりしました。付き合っているのに、私は彼女を心から信頼することができず、友人にはいつも愚痴ばかり言っていたように思っております。しかし、自分のことを必要としてくれているからと思い、相手の悪い所は私が言い続ければいつか治せると私は信じ、その彼女と5年半お付き合いしました。結果、彼女の性格は治りませんでした。私は彼女と一緒にいて、心から幸せを感じたことなど一度もありませんでした。だから、彼女に幸せといったことは一度もありません。というか思えなかったので言えなかったのです。そして、私はうつ状態になりました。今思えば、私は相手の気持ちを優先してしまい、私の気持ちに目をつぶっていた(我慢していた)のだと思います。その我慢が爆発し、自分はなんのためにいきているのだろうと感じるようになりました。幸い、私はうつ状態から脱出し、自分の気持ちに素直になれるようになり、彼女と別れることにしました。彼女とは5年半お付き合いし、彼女の大切な時間を私は奪ってしまいました。その責任から結婚しようとも思いました。しかし、自分の気持ちに嘘を付いて、結婚してもお互いに幸せになれないと私は感じたのです。だから、別れる決心をしました。今でも自分の気持ちに素直になったことを後悔したことはありません。この時に、私は次お付き合いするとしたら、「自分が心から好きだと感じる人とお付き合いしよう」と決意しました。だから今の妻とは、感覚でいえば「自分が心から好きだと感じる」から結婚しました。その中でも、私は妻に対して素直になれることが一番嬉しいのです。その最愛の人が偶然病気であっただけのことです。病気ではない元彼女とすごした5年半よりも、病気を抱えた妻と一緒に過ごしている3年の方が幸せいっぱいです。何より、今の妻とであうことで、「自分を大切にすることができれば、妻も大切することができる」ということを心から学ぶことができました。自分を大切にするからこそ、自分も幸せを感じることができ、自分が幸せだからこそ妻にも幸せを分けてあげられる。そして、妻も少しづつ自分を大切にすることができるようになり、お互い幸せを感じる日々が増えてきました。自分の気持ちに正直になることで、妻から幸せと自信をもらいました。昔、妻は私に「自分よりも良い人がいるのでは?」といったことがあります。確かにいるのかもしれません。しかし、私は妻と一緒にいることが幸せなのに、妻はそれをとりあげようとするのです。だから、私にとっては妻の存在が必要であり、私が私らしく生きていくために必要なのです。妻は家事や仕事ができません。しかし、家事や仕事ができないのは病気であるからであり、仕事ができないことよりも妻の存在の方が私とって必要なのです。病気は治すことで解決できますが、私が私らしく生きていける人は相手次第でもあります。なぜなら、人は自分がかわることはできても、相手を変えることはできないと考えるからです。もし、相手がかわったようにみえる時は、相手が自分のためにかわろうとしてくれるから変われたのではないかと思います。私は妻にかわるようにいったことはありません。しかし、妻は私のためにかわろうとしてくれるのです。だから、私は妻から幸せをたくさんもらっています。そして、私もそんな妻のためにかわろうとしています。そして、かわろうした気持ちで妻は幸せを感じてくれていると思っています。
 私が望む人生は「ずっと幸せでいたい、自分が死ぬ前に幸せと感じたい」ことです。その人生の中で、妻は私に幸せをくれます。だから、私も妻に幸せをあげたいです。このようにお互いがお互いのも幸せを作り続けると、二人でいる時間は私一人の時よりも2倍幸せになれると感じました。だから、妻が私のことを思ってくれる限り私は妻を愛しつづけます。もし、お互いがお互いを愛し続けるのであれば、きっと私達は「永久の愛」を手に入れることができると考えています。そして、 お互いがお互いを愛し続けるための条件は「信頼」だと私は考えます。だから、私は妻に「信頼を提供すること」を心がけるようにしております。もちろん、妻も私に「信頼を提供してくれてる」と私は感じております。今後もこの「つながり」を大切に私は生きたいです。
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平常心とは感情をコントロールすること?

  今回は「平常心」について記載いたします。皆様は「平常心」とは何だと考えているでしょうか?私は、生きる上で大切な能力であり、感情をコントロールする機能だと認識しております。なぜなら、「不安」「イライラ」「寂しい」などの症状は、「平常心」が弱くなっているためにおきえるのです。特に精神病や人格障害の人は、この「平常心」が弱くなっているため、冷静に考えることができない状況であると私は考えます。では「平常心」を鍛えるためにはどうするか?私の考える「自信」とは大きく3つの要素に分類されると考えております。1つ目は「知ること」、2つ目は「理解していること」、そして3つ目は「安心できること」です。以下、それはなぜなのか1例を上げて説明いたします。
 私はAさんに「1+1は何?」と聞きました。Aさんは1+1とはどういう意味かわからないので、答えられませんでした。Aさんはわからないので「イライラ」したようです。この時のイライラは「知らない」ことにあるのです。Aさんは「イライラ」されたのですから、「平常心」を失くしたことになります。
 次に私はBさんに同様の質問をしました。Bさんは「2」と答えました。私は「間違ってるよ?」とBさんにいいました。すると、Bさんは「えっ、間違っている?」と正しいことにもかかわらず、「不安」になりました。これは「1+1=2」であることは覚えているものの、暗記していただけなのです。なぜ「1+1=2」なのか理解できていないので、相手に説明できないことから「不安」になったのです。Bさんは「不安」になったのですから、「平常心」を失くしたことになります。
 さらに私はCさんにも同様の質問をしました。すると、Cさんは「2」と答えました。私は「間違ってるよ?」とCさんにもいいました。すると、Cさんはりんごの絵を2つとお皿をかきました。そして、「ここでいう1とはりんご1つのことで、1+1とはお皿の上にりんご2つのせるという意味だから2なんだよ」と私に説明してくれました。この状況だけではCさんは平常心であるといえるとします。そこで、私はCさんになぜ「1はりんご1つのことなの?」と聞きました。しかし、Cさんはその理由をしらないため答えることができず、「不安」になりました。私はCさんに「ここではりんごを1つと定義(そうだときめること)したから1なんだよ」と逆にCさんへ説明しました。すると、Cさんは納得してくださりました。
 ここで、私ではなく中学1年生のD君がCさんに対して「1+1=は何?」と聞きました。そこでは、Cさんは自信もって「2」と答えられたのです。でも、私が再び「1+1=は何?」というと、2だよね?とCさんは「不安気」にいいました。これは、私がCさんに「不安」を与えたことにより、私が質問することに対してCさんは「安心」できなくなったからなのです。結果的にCさんは「不安」になったのですから、「平常心」を失くしたことになります。
 このように、この3つの要素は「平常心」につながるといっても良いでしょう。本例をまとめると「1+1の答え」を知ると「知っていること」を手に入れられます。そして、「なぜ1+1=2なのか?」を説明できると「理解すること」を手に入れられます。さらに、「周りに1+1=2」なのか納得させることができれば「安心」を手に入れることができるのです。これが、社会での「平常心」を作る勉強といえます。今回は算数を例にあげましたが、「私生活」においても同様です。人は皆壁にぶちあたります。知らなければ、きづくこともできていないので「イライラ」します。人に説明できなければわからないので「不安」になります。そして、周りを納得させれなければ嫌な顔をされるので「安心」を手に入れられないのです。このように、平常心はこの3つの要素がないと発生します。多くの方は、自宅や家族において「自分をしってもらえている」でしょうし、「思ったことを素直に言える」でしょうし、何より得に未成年の方は「親に守ってもらえている」ため、多少の制限はあれど「安心」を手に入れられるです。社会にでて自宅へ帰る人は、この3つの要素のいづれかがご自分で作ることができないのではないかと私は考えます。作れないから、「安心」をつくることができず常に「平常心ではない状態」となる精神病になるのです。一方、境界性人格障害は、この3つの要素が揃う場所もないと感じているはずです。それは家族に問題があるケースが多いように思えます。だから、境界性人格障害の方はまず始めに、この3つの要素を手に入れることができる状況を作らなければなりません。そして、その場所でこの3つの要素をご自分で作れるようになった時、病気は完治するでしょう。そのためには「安心」を作る練習をしなければなりません。生きる上で必ず壁は存在します。もちろん、その壁が幸せになる方向の壁であることは必須ですが、その壁をぶち破ることでこの3つの要素を鍛える訓練となると私は信じ、妻に同じ訓練をしております。「安心」は「平常心」を作るために必要です。「平常心」=「感情をコントロールすること」といえると思うので、気になる方は是非実践してみてください。幸せになるための壁の見極め方はまたの機会にお話いたします。

第14話 「両親顔合わせと結婚式日」

<前回までのあらすじ>
 精神病の彼女と婚約した私は、精神病にかかった私の父から結婚の承諾を得ました。そして、2012年6月末に両家の顔合わせしたいと相談がありました。その頃、医療事務の資格をとるために私の彼女は体調悪い中、学校を「卒業」することを達成し、6月末に「試験」を受ける予定でした。私は「顔合わせ時期」と「医療事務の試験」についてどのようにすすめるか悩むことになりました。

<第14話>
 私は父との電話を切り、どのように進めるべきかとても悩みました。目的は「彼女と幸せな結婚をすること」であり、彼女にとっては「医療事務の資格をとり、自分でお金を貯めてから結婚式をする」ということを望んでいました。一方、私の父は「妹の結婚式を6月にさせたいから、11月に結婚してほしい」ということを望んでいました。一方、私は金銭的な面から、来年の7月に結婚式を迎えたいと考えておりました。みんなの気持ちをすべて叶えることは難しい状況です。そこで、私はすべての状況を叶える方法を提案しました。父には「金銭的な援助」が条件で11月に結婚するということ、妻には6月の試験を1回受けて落ちたら、結婚後にチャレンジするということです。私と父はお金の問題なので、すでに問題解決できる状況ではありますが、彼女にとっては、試験に受からないといけないということで、手に入れることが難しい状況なのです。しかし、当時の私は、まだ満足に学校へいくことも困難な彼女にとって、資格をとり、働いてから結婚するということは、結婚式を来年の7月にしたとしても難しいと判断していました。だったら、せめて彼女の願いである「30歳になる前に結婚する」という彼女の願いを叶えたいと思い、彼女に辛い思いさせる覚悟で6月の試験1発合格というお願いを私はしました。彼女もかなり悩みました。しかし、彼女は「中途半端」が嫌という気持ちを抑えきれないということで、顔合わせの時に直談判してくれるということを私に言ってくれました。結婚式の日取りは「顔合わせ時」にきめようという結論としました。顔合わせの日程は、彼女のご両親は私の両親に日程をあわせてくださるということで、私の父の要望通り6月の末日にいたしました。
 彼女は勉強と顔合わせと二つの悩みを抱えながら、学校へいかせてしまうことになりました。顔合わせは彼女の試験が終わった次の週に決定しました。もちろん、顔合わせ準備は私の方で行いました。彼女は試験勉強の方に集中することとなったのです。まだ、学校にもいけない日のある彼女は、勉強が思うようにできず、うつ状態に入る頻度が多くなりました。そして、予定していた試験日の前の週に受ける予定だった「模擬試験」をうけることができませんでした。思うように勉強できなかった彼女は試験を受けることが怖かったのです。この意味は当然、私も重々承知でした。私の本来の予定では、①試験を受ける気になること ②試験勉強を行うこと ③試験勉強の試験を受けに行くこと ④試験がおちても負けないこと ⑤試験がうかること の5つの壁を彼女は乗り越えなければ、試験合格できないと考えていたからです。しかし、今の彼女は「5つの壁を越えるために1年かかるのではないか」と私は考えていました。さらに、父も病気になり、彼女のリハビリのみに集中することは私的にできないと判断したのです。私の目標は「私の回りみんなが幸せになること」であり、私の父のみ我慢するということは、私の考えに反するのです。だから、二人とも平等にリスクを抱えてもらうことしか未熟である私には解決方法を導くことができませんでした。私自身は彼女と結婚することが「私が幸せに生きる」ために必要なことであり、彼女にとっても「私と結婚する」ということが自分の幸せにつながるということをすでに二人で足並みそろえたので、私は「私と彼女が結婚する」ということに注力を注ぐことにしました。それが、私と彼女の幸せにつながると私は考えたのです。
 だから、私は彼女に「結婚式が終わるまで資格とる期間を延ばそう」と言いました。彼女はかなり嫌がりましたが、私の気持ちを考えてくれて、「資格を取得するのは結婚後にする」ということを決意してくれました。私が望んでいたことですが、私も彼女にすまないという気持ちでいっぱいになりました。私がもう少し学校のタイミングを考えていれば、彼女はこんなに苦しむことがなかったのですから。しかし、失敗は誰にでもあります。重要なのは、彼女に謝ることではなく、今の私にできることは彼女が苦しみに耐えてくれたことを後悔させないためにも、「結婚式」を成功させるということに力を注ぐことだと自分に言い聞かせました。
 「資格試験」の「延長」を決意し、顔合わせに専念することになりました。ここで、私の両親は「同棲」に大反対であるため、私は両親に彼女と同棲していることを内緒にしていました。そこで、私は彼女の両親に「同棲」していることを内緒にしてほしいといいました。理由はどうであれ、私は父にこれ以上精神的不安を作る必要性を感じていなかったからです。また、私は「幸せになるため」に「彼女の病気を治したい」と考えていたので、同棲するべきだと私は判断したので、父が望む「私が幸せになること」という考えからも逸脱した行動ではないと判断したのです。だから、私は顔合わせ前に実家へ戻ることをお願いしました。彼女は私の考えを理解しようと考えてくれるので、彼女は実家へ戻りました。
 顔合わせ前日、私の両親が関東へきました。私は空港まで向かえにいき、私の家へ両親を連れていきました。以前お話しましたが、本当は昨年の5月に私の両親が関東へ来ることになっていました。これは、私からの両親への誕生日プレゼントだったのです。しかし、父は体調をくずしてくることができませんでした。私に申し訳ないとずっと父は後悔していたのです。そのことを理解していた私は、父が早く私のすむ関東へいきたいという気持ちも重々承知しておりました。だから、私は父の望む6月に顔合わせを行うことにしたのです。父はまだ十分に動ける状態ではありませんでしたが、とても嬉しそうな顔をしていました。私もとても嬉しく思いました。
 私の両親は父の仕事の都合で、顔合わせ前日と顔合わせの次の日に帰宅予定でした。私の家へ到着した時間も23時ぐらいであり、明日に備えてその日はすぐに寝ることにしました。次の日、顔合わせ当日です。私が予約した日本料理のお店へ向かいました。私達が到着した頃、彼女と彼女の両親もお店へ到着したのです。とうとう顔合わせすることになりました。まず、私の父から私の家族構成のお話をしました。次に、彼女の父から彼女の家族構成について話がありました。その後、「結納金」を彼女に支払い、今後ともよろしくお願いしますと最初の挨拶が終わったのです。その後は、みんなで世間話をしました。みんな楽しそうな顔をみることができて、私も彼女もホッとしました。最初は、私の父が長時間すわることができないことから、2時間という約束でしたが、最終的には4時間話ししていました。その話の中で最も話題となったのが、結婚式の日だったのです。私の父は「息子からは来年の7月がよいとききましたが、私は間違っていると考えています。結婚すると感じたら、早くすべきです。A(彼女の名)さんも早く結婚したいでしょう。今からだと11月ぐらいなら準備もできるのではないかと思っています。また、私の娘も結婚式を控えており。ジューンブライトにさせたいと考えています。そのことも踏まえますと、11月はいかがでしょうか?」と言いました。彼女の父は「二人の結婚式なのだから、二人が決めればよいと考えております」といってくださいました。これは事前に私から彼女の父へお願いしていたからです。すると父は、「ではAさんがOKであったら、11月でよいのですね?」と言いました。彼女の父は「はい」といいました。私の父は「ではAさん、早く結婚したいだろうし、11月はどうですか?」と言いました。すると、彼女は「私は自分のお金で結婚式をしたいので、来年の7月が良いです」といってくれました。私の父は「来年の7月にすると、私の娘の結婚式があるから私の体がもたない。申し訳ないが、11月を検討してほしい」といいました。彼女は「はい」といいました。この話を聞いて、私の父は言い方がうまいと私は感じました。なぜなら、お互いのメリットを明らかにし、Aの気持ちを私も理解していますよと伝え、自分の進めたい方向へ話をもっていっているからです。これは「営業」という職種から学んだ技なのでしょう。この話のながれでは私の入る隙間がありませんでした。私は「では、Aと話あってまた日程について相談する」と言いました。今の状況では、父の考えに反論するべき隙間がないと私は感じたのです。要約すると「彼女の気持ち」以外は問題ない状況であることを私の父は理解していたのです。私もそのことは理解しておりましたが、私は彼女に金銭的に難しいから7月しにようと以前いっておりましたので、彼女にとっては、私にふりまわされて意味不明になっている状況です。しかし、私の父が金銭的援助するということで、私の不安は解消されました。だから、私は私不安を取り除かれたから、日程についてもう一度彼女と話ししてきめようと考えたのです。私の父は上機嫌で九州へ帰宅しました。私は彼女と話し合い、11月に結婚式を行うことに決めたのです。状況を理解している私には納得できる結末ですが、内容を把握できていない彼女にとっては、私のために我慢させてしまったということは、いうまでもないでしょう。ますます、私は彼女の病気を酷くさせてしまった自分に腹立たしくなりました。しかし、私が決めて彼女は私についてきてくれたのですから、私は彼女を幸せにすることで恩返しがしたいと感じました。顔あわせも終了し、7月からは結婚式の準備を進めることになりました。

つづく

精神病にかかりやすいタイプとは・・・

 私の考える精神病にかかりやすいタイプについて記載いたします。精神病の多くは幼い頃「安心」できる場所がない、又は少ないが原因であると考えております。しかし、「安心」がなければなぜだめなのか?これまでは「自己愛」がなくなるからだと私はいってきましたが、この言葉だけでは理解しにくいと思っております。そこで、なぜ「自己愛」が必要なのか知っていただくためにも、精神病にかかりやすいタイプについて私の考えを記載します。
 「自己愛」は「安心」を手に入れるための「考え方」を学ぶために必要とされているのです。言い方をかえれば、精神病の方は「安心」を手に入れるための「考え方」がわからない傾向があるといえます。以下、その考え方について例を用いて説明いたします。
 Aさんは高校を卒業して、会社に入社しました。Aさんの性格は真面目でありますが怒られることを毛嫌いしていまう性格です。怒られる原因は「仕事でミスすること」ということを理解していますので、Aさんは仲間に迷惑かけないためにも、仕事のミスを一切しないように仕事を取り組みました。
 一方、Bさんは高校を卒業して、Aさんと同じ会社に入社しました。Bさんの性格は真面目で怒られることは苦手なのですが、少しおっちょこちょいな性格であり、人からよく注意されます。だから、Bさんは「人に迷惑かけている」という認識を持っているので、Bさんは人に迷惑かけないようにミスを減らすことと、ミスして迷惑かけるのは会社仲間なので、周りがミスした時はフォローすることを進んで取り組みました。 ここで、皆様はどちらが精神病になりやすいタイプだと思いますか?
 私の考える答えはAさんです。この文章からでも、Aさんは「自己愛」がないと言えるのではないかと私は考えています。逆にBさんは「自己愛」があると言えるのではないかと考えています。ではなぜか?
 Aさんは「怒られること」を避けるために、「会社の仲間に迷惑かけないこと」を目的にしております。すなわち、Aさんは「怒られないこと」を目標にしているのです。ここで、迷惑かける主な原因は仕事で失敗することです。しかし、人は必ず失敗する生き物です。人生失敗しない人など一人もいないのです。だから、目的を達成することは絶対にできないのです。だから、Aさんはミスをすればするほど悩み、苦しみます。そして、その苦しみから逃れるために、いつのまにか目的は「怒られないこと」だったのが、いつのまにか手段の1つでしかない「仕事のミスをしないこと」に変わってしまうのです。目的が「仕事のミスをしないこと」になると、例えば仕事をミスした原因が他人にあると、その人を責めてしまいます。そもそも「怒られないこと」を目的にしたのは怒られるのが嫌だからであり、今度は自分が嫌なことを周りにしてしまうのです。すると、本来は、「怒られないこと」であったのに、目的が入れ替わったせいで、仲間がミスしたことを怒ってしまい、結果的に仲間に嫌な思いをさせてしまうのです。Aさんはミスすると仲間に怒るので、仲間からは嫌われてしまいます。なぜなら、「怒られる」はAさんだけでなく、周りの仲間も嫌だからです。Aさんは自分が「怒られない」のが嫌にもかかわらず、仲間は「怒る」行動を行うのです。Aさんの行動は、「自分が怒られるのは嫌だ」という思いから、周りが「怒られる」ようにしむけているようにしか、周りには見えないのでしょう。すなわち、Aさんは「自分に優しく、周りに厳しく」するタイプと周りから判断されるのです。しかし、Aさんは仕事をミスした人が悪いと感じているのでその性格を治そうと思いません。ここで、間違っていけないのは、Aさんが性格を治さない真の理由は「自分が怒られることが怖いから」なのです。その気持ちから逃げてしまっているからこそ、「周りを怒る(言い方をかえれば周りのせいにする)」のです。本来は同じ仕事をしているので、連帯責任があります。周りがミスしても、そのミスを事前にAさんが気づいてあげれば誰も怒られなかったのです。Aさんがきづいていないだけで、周りもAさんのミスをフォローしてくれていることもあるのです。もし、Aさんが「自分も周りも怒られないようにする」ということを目的にしていれば、Aさんは周りも「怒られるのは嫌だから怒らないで教える方法」を開発することができるでしょう。周りはそのことを理解しているので、会社の仲間からすると、「Aさんは会社の仲間に迷惑をかけている」と感じてしまうのです。Aさんの目的は「怒られないこと」だったのに、陰口ということで仲間に迷惑をかけてしまったのです。Aさんは周りの責任で「怒られない」という目的も達成できない上、周りからの信用もなくなってしまうのです。しかし、Aさんはそれがなぜなのか理解できず、どうすればよいかわからなくなり、精神病になってしまうのです。ではなぜAさんはそのように考えてしまうのでしょうか?その原因の1つが「自己愛」が不足しているからなのです。ここで「自己愛」を説明する前に、Bさんはどうなのか見てみましょう。
 Bさんは「怒られること」を避けるために、「怒られる頻度を減らすこと」を目標としているのです。Bさんはおっちょこちょいでミスしやすい人間であることを自分で理解しているので、Bさんは周りに迷惑をかけることを理解しています。だから、Bさんは周りに迷惑かけないために自分のミスを減らす方法と、周りのことを考えて周りがミスしても自分がフォローするという方法を一生懸命やりました。Bさんは周りの人のミスで怒られることもありましたが、Bさんは怒られるのは嫌ですが、目的は「怒られる頻度を減らすこと」であるため、怒られた時は今後はどうするという手段をお伝えしたのです。この場合、Bさんは周りの失敗も自分のミスと認め、かつ自分のミスも自分のミスと認めたのです。Bさんは「怒られる」要因は「自分のミス」と「周りのミス」の二つあり、会社とは自分一人ではなく、周りと一緒にすることであることをきちんと理解しているため、責任は自分にもあると考えているのです。だから、Bさんは人よりもミスがあるものの、周りのフォローもするので周りからの評判もよく、仕事ができると評価されるのです。Bさんは怒られないために「自分」と「周り」に対する行動を行うため、Bさんは怒られる頻度も減りますし、Bさんの目的である「怒られる頻度を減らすこと」を実現することができ、周りからも信頼を受けるのです。
 ではAさんとBさんで何が違うのか?何度もいっておりますが「自己愛」になるのです。「自己愛」とは自分で自分を守る力のことです。もう少し、詳細に説明すると、「不安」があっても「安心」できる機能なのです。子供は「安心できる場所」を求めるという機能を生まれながらもつということは以前ブログ内で説明しましたので省略します。「安心できる場所」を求めるということは同時に「不安」になる機能をもつということです。「不安」になるからこそ、その「不安」を解消することにより、「安心」を手に入れることができるからです。そして、大人になるにつれて「安心」するにはどうすればよいかを理解できるようになるため、「安心」は「不安」を解消するだけではなく、周りの「不安」も同時に消さなければ得られないことを学びはじめるのです。だから、人は「安心」を手に入れることを目的とする場合、手段として周りも考える必要があります。Bさんは「安心」できる機能を作り上げているので、「不安」はつきものであることを無意識に理解しており、「安心」を手に入れるためには「自分」と「周り」の不安を解消することをも学びます。しかし、Aさんは「安心」できる機能を作り上げていないので、子供と同じように「不安」を解消することのみ目的としてしまうのです。自己愛が形成されないと、「不安」を解消することのみ目がいくようになってしまい、たくさんの人と一緒に生きる私達にとっては「自己愛」を形成されないと「安心」を手に入れることができなくなってしまい、病気となってしまうのです。ではAさんのような性格の人はどうすればよいのか?まずは自分の考えが間違っていることを認識しましょう。これを「自己認知」といいます。「怒る」目的は「みんなが正しい方向へ向かうため」です。「怒る」ことで、人は気づき、そして成長することもあります。もし、怒られることが苦手な人は「怒られる」ことに腹をたてて、何かのせいにしてしまいます。人はこれを言い訳といいます。言い訳しても、「みんなが正しい方向へ向かう」ことはできません。重要なのは「怒られる」意味をきちんと理解し、どうするかを一緒に考えることです。
 言われた人の中には「自分の気持ちをわかってくれない」と考える人がいますが、その考え方は必ず間違っています。なぜなら、相手が「怒る」理由は「相手が不満に感じたことを相手に伝える」ことにあるからです。「怒る」方も相手の気持ちがわからないから伝えるのです。相手は貴方の気落ちがわからないから「怒る」行動をおこしているのに、「自分のことをわかってくれない」と思う人は考えをきちんと伝えていないだけなのです。重要なのは「原因(言い訳)」を伝えるのではなく、「自分と相手の考えを同じ方向に向けること」なのです。「自分のことをわかってくれない」という人は「人のせいにしている」という行動をとっているともいえるのではないでしょうか?人や病気などのせいにしては、ずっと病気を治すことはできないでしょう。重要なのは「怒られる理由を解決すること」です。人のせいにしても、問題は解決しません。そのためには怒られても「相手が怒る理由を理解するということ」を忘れないでください。それが、精神病にならないための考え方でもありますし、みんなで幸せを感じる手段でもあるのではないでしょうか?

運を呼び寄せる方法の重要性

ここでは「運」を呼びよせる重要性について簡単に記載いたします。
 精神病の多くの方は、「運が悪い」とお考えになる方が多いように思えます。私の人生をお話すると、「大変」だとか「運が悪い」と感じる方もいらっしゃいますが、私自身は「運が良い」と感じています。それは今が「幸せ」だからです。「運が良い」生き方をするためには、大きく2つあると私は考えています。1つ目は「今が幸せ」であること。2つ目は「自分で運を呼びよせること」です。私の勝手な思いですが、精神病のなられる方の多くは「自分で運を呼びよせる」方法が得意ではない、又はわからない方が多いように感じるのです。もちろん、精神病ではない人でも、同様な方もいらっしゃいます。
 他人からみると「運がよい」と感じられる人でも、実は自分は「運が悪い」と感じてしまう人もいるのです。これは人により、「幸せ」の形が異なるからです。「今が幸せ」でなければ、「運が良い」とは感じることはできないのです。「運が良い」とは「今の自分が幸せ」であることが絶対条件なのです。ということは、「今が幸せ」を感じるためには、「運が良い」と「本人自身」が感じる必要があるともいえます。
 そこで、ここでは「運を呼び寄せる」方法を記載した本をご紹介します。著作権の関係から、お話の概要をここに記載するわけにはいきませんので、気になられる方はご購入をご検討ください。

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よっし~2

Author:よっし~2
 精神病の彼女と僕が精神病を乗り越えて結婚までを描いた日常を「ドラマ」に記載しております。今では彼女から妻へ変わり、さらに病状は日々改善しております。
 その際、介護側である私が思いついたことや、病気の紹介などを「治療方法」に記載しております。
  2013年2月より「精神病の彼女と僕 ~私と彼女が幸せを掴むために~」が「まぐまぐメルマガ」でデビューすることになりました。
 もちろん、本メルマガは無料であり、週間となっております。ご興味のある方はご登録のほどお願いいたします。
 まぐまぐでは、私と妻のストーリーをご報告する予定であり、初回はブログ公開中の第1話から第16話を配信予定としております。
 少しでも多くのお客様にご覧いただけるように、第16話以降はまぐまぐの会員限定とさせていただきます。
 まぐまぐ会員の方には「パスワード」をお伝えいたしますので、本ブログでも回覧可能となります。

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