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精神病の種類・治療方法・治る過程について

今回は、精神病の治る過程について記載いたします。
精神病とは「自分を大切にできない人」がかかる病気です。「自分を大切にする方法」は「愛情」により「気づく」ことができます。
「愛情を知る」には「与えられる(甘える)」ことが必要であり、これは「安心」の意味をしることを意味します。
十分に「安心」を知ることができれば、「与えられる」が「縛られている」と感じるようになり、「自立(自分で自分のことをする)」を求めるようになります。
「自立」を求める理由は、「与えられる」のは、自分ではなく相手であるため、相手がどんなに「与える」行動を行っても、自分がほしい時に手に入らないことが限定されていると感じ、「縛られている」と感じるのです。
すなわち、「自由になりたい」と感じます。
「自立」を手に入れるためには、「成功談」が必要です。
なぜなら、「成功」は「自分でできた」と「自分で安心を手に入れた」と感じるからです。
「苦労」して手に入れた「安心」ほど精神病になりにくいです。
その理由は、いつかは「安心」を手に入れられるという「希望」が持てるからです。
これが「自分への自信」につながります。
人は「自立」できるようになると次に「成長」を求めます。
なぜなら、「成長」とは「安心を自分でコントロールできる」からです。
もし、貴方様がある問題を抱え、どうしたらよいかわからない時、「不安(生き辛さ)」になります。
しかし、その問題を解決する方法を知っていれば、「不安」は「安心」に変えられる「未来」を予測できるので、「生きやすい(幸せ)」のです。
「生きやすい」とは「不安をコントロールできる能力」であり、「成長」により手にいれることができます。
ここまでいくと、「生きやすい」力が備わり、「生きやすい」すなわち「自分で自分を守る力」を手にいれたということになります。
さらに、「成長」すると、「愛情を与えてもらう」から「愛情を与える」こともできるようになります。
これは、「自分で自分を守る力」が十分備わった状態であり、「愛情を与える」ことで「周りから幸せをもらえる」と感じることを体験したからです。
話は元に戻しますが、精神病にかかる人は、「自分で自分を守る力」がなくなった状態であり、「鬱状態」になることで強制的に「自分で自分を守る行動」をさせるのです。
しかし、鬱状態は「自分で自分を守る力」ではあるものの、本能」であるため、赤ちゃんのように「今の自分を守る力」しかないのです。
患者の周りは大人である患者を「考え方が甘い」と決め付けてしまうのです。
患者は赤ちゃんのように「甘える」ことを求めてしまいます。
だから、周りが「甘えている」と感じるのは当然なのです。
患者も大人であるため、自分が「甘える」行動していることを理解しています。
でも、なぜそのようにしてしまうのかわからないから苦しいのです。
この時の患者の苦しみは「砂漠の中で周りに何もない状態」においこまれたような苦しみです。
周りは患者に「甘えている」ということを気づかせたいのでしょうが、患者はわかっているので「絶望」を与えられているようにしか感じられないのです。
「愛情」が必要にもかかわらず、患者の多くはこれを拒むため、病気を治すことが困難となります。
患者が拒む理由は、「周りから批判されることが怖い」であり、「甘える」=「悪」と思い込んでいるのです。
これにより、患者は「甘える」と「頼る」の違いがわからなくなります。
「甘える」は相手の気持ちを無視するということになりますが、「頼る」は相手が望んでいるので頼ってよいのです。
「頼る」ことにより「信頼関係」を築けるようになります。
でも、患者は「甘える」=「頼る」と「認知のゆがみ」が作られてしまい、人を信じて頼る行動である「信頼」できず、周りと「信頼関係」を築けないのです。
患者は「頼る」ことができなくなっているので、「自分で自分のことをがんばる」ことに集中します。
周りはそのような患者をフォローしていますが、患者本人は「頼る」ことをしているつもりがないので、「感謝」という概念がないのです。
患者は周りに感謝ができないのです。
頼ると「恐怖」がでてくると思い込んでいるのですから。
患者は周りに迷惑かけないように頑張ることしかしていません。
でも、周りは、患者自身で「不安」を作る行動をしているようにしか見えません。
自分で「不安」を作る行動とは、今の自分を守ろうとする「本能」への「抵抗」です。
例えば、「リスカ」や「OD」は「甘えると周りに迷惑かけるから、甘えようとする自分を阻止させようと抵抗した結果」なのです。
すなわち、患者は「周りに甘えないように頑張っている」ということです。
でも、周りは「心配させられた」と思い、「怒り」ます。
患者は頑張ったのに、怒られるのでどうしたらよいかわからず「絶望」を感じるのです。
「認知のゆがみ」はすべて「本能」と「意思」との喧嘩により生まれたものであり、数が多いだけ頑張った証拠でもあるのです。

患者は「周りに迷惑かけたくない」という考え方をかえて、「周りが自分を大切にしてくれている」と考え方をかえなければなりません。
だから、一人で病気を治すことは難しいです。
一人で頑張っても「認知のゆがみ」を作り出すことが多いのですから。
患者が正しい治療を行うには、「安心」が必要です。「安心」を作る素は「愛情」であり、患者はこの「愛情を与えられる」ことにより、「安心」を作りだせるのです。
ですから、治療の最初の一歩は、「愛情を与えてもらう」ことになります。
患者が素直に受け入れられると、より早く病気は治ります。
また、1人で病気と立ち向かう場合は、「成功」が必要です。
何でもよいので、「成功」をたくさんしてください。
例えば、「今日ははみがきを3回やる」でも良いのです。上手くいったら自分を褒めてください。
繰り返し行えれば、「安心」を手にいえることができます。

ここで病状により、治療内容や治療期間が変わる理由は、患者が病前どのような状況によるかにより大きくかわります。
私は大きく3つの種類に別けられると私は思っています。

①「愛情」を知っていて、「愛情」を与えられる人
②「愛情」を知っているが、「愛情」を与えられない人
③「愛情」を知らない人

①の場合は、頑張りすぎが原因で、自分を大切にすることができなかっただけです。精神病の中でも軽い症状ですみ、多くの方が薬と休養・環境の改善により回復することができます。メランコリー型うつ病や不安神経症などがその例です。

②の場合は、長期間(1年以上)病気に苦しめられるか、もしくは治せない人が多いです。
「認知のゆがみ(勘違い)」があり、「生き辛い」状況です。
病気を治すには「認知のゆがみ」を治す必要があり、「認知のゆがみ」を治さなければ、「生き辛い」状況は続くため、一度病気が治っても再発することが多いです。
②の方が「うつ病」と病院で判断された場合は、「非定型うつ病」と思って間違いないでしょう。
「頑張りすぎ」が原因ではなく、「頑張り方」が主な原因です。
治療には「安心」が必要であり、「愛情を与えてもらう」ことが病気を早く治す手段となります。

③の場合は、「境界性人格障害」と判断されます。
主な特徴は白黒としか判断できないことです。白黒としか判断できないので、「生き辛い」感情は人よりも多くあるので、「自分より苦労している人はいない」と思っているでしょう。
最後のポイントは、「両親」を愛していない人です。
さらに大きく2種類の性格に別れます。

本能タイプ:自分を守る為に相手を攻撃する
感情タイプ:自分を犠牲にして相手を助ける

本能タイプは、結果的に「自分で自分を守る」ことができるので、うつなどの病状はなく、本人は病気であることがわかりません。
ただ、周りからは嫌われるので、「生き辛い」と感じるでしょう。
感情タイプは、「自分で自分を守る」ことができないので、うつ病・解離性同一性障害・パニック障害にかかりやすいです。
そして、基本的には「安心」を自分の意思で作り出せないため、「本能」が残っている状態です。
ですから、「本能」と「意思」が混ざっており、自分の気持ちがうまくコントロールできず、「生き辛い」と感じるでしょう。
治療するには「安心」が必要であり、「愛情を与えてもらう」ことが病気を早く治す手段となります。

以上長々と書かせていただきましたが、多くの精神病は「愛情が不足」により、「安心」が不足して、「自分を大切にする方法」がわからなくなっていることが原因です。
介護者が患者に対してできることは、「愛情を与える」ことです。これは病院の先生にはできません。
なぜなら、病院の先生は「患者を愛している」わけではないので、「甘える」行動をさせてくれないからです。
だから、「家族」又は「恋人」が「愛情を与える」ことができるのです。
友人は「甘える」行動をされることを嫌がります。
理由は「縛られている」からです。
だから、すぐに側からいなくなります。
でも、家族や恋人は、患者に甘える行動されても「理由」がわかれば、可能な限り許してくれます。
特に、恋人は両親に頼れない人でも頼ることができます。
でも、一緒に病気を治すということは、患者自身だけではなく、介護側も患者と一緒に悩みや苦しみを分割してくれているということを患者は忘れてはいけません。
大人である患者は、「甘えられる」相手がいなくてあたりまえなのですから。
自分が辛いときでも、自分のために自分の側にいてくれる理由は「愛している」
からです。
その相手が側にいなくなりそうな原因は、あなたが「ありがとう」という「感謝」
を忘れているからだと私は思います。
患者は「ありがとう」を忘れないでほしいですし、介護側は「愛し続ける」ために
「自分を大切にしてほしい」と私は願っています。
私は妻を愛し続けます。自分を守る為にも、「妻の考え」を理解し、「共感」して
いきたいです。
そして、妻にも「成長」のすばらしさに「気づく」きっかけを提供できれば、
私だけでなく、妻も「幸せ」と感じてもらえるようになるのではないかと私は思っ
ていきています。
「愛する」ことは簡単ですが、「愛し続ける」ことは難しいです。実現するには
「自分」そして「相手」も大切にする方法をみつけなければ、実現できないので
すから。
だから、まずは先ばかりみるのではなく、「今」を大切にしてほしいです。今の
私はまだ「成長」がたりないかもしれません。でも、前へ一歩、一歩進み「成功」
すれば、「幸せ」の頻度が増えるのですから、そのような「希望」をもてるだけ
で私は今も「幸せ」を感じています。
妻は病気もほぼ治り、「自立」できる手前です。今後は二人が幸せと感じる方法を
一緒にてにいれるために前へ歩いていきたいと思っています。
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精神病患者と健常者との考え方の違いについて

今回は精神病患者と健常者との考え方の違いについて説明します。
これまでに、「言葉」で色々と記載してきましたが、もう少しご理解いただきやすいように表を作成いたしました。


表  精神病といきやすさの関係性

成長過程   病状区分     自分で自分を   自分で親(他人)  生きやすさ   親に依存
(正常時) (精神病の場合)  大切にする     を大切にする          

赤ちゃん    鬱状態       ×          ×           ×       ○
(本能-大)
 
幼少期   アダルトチルドレン       ×          ○           ×       ○
(本能-小)   

反抗期   精神病予備軍     ○          ×           ×       △                                                           

自立     病気寛解        ○          ○           ○       ×
(理性-小)

成長     病気完治      ◎         ◎          ◎       ×
(理性)
 
※:○は十分できる、△はたまにできない、×は十分できない。


精神病とは「自分で自分を大切にできない」病気です。
精神病が中々治らない人は表記載の成長過程でいう「幼少期」に問題があります。
まずはじめに幼少期について簡単に説明します。
幼少期は「自分で自分を大切にする力」を養う大切な期間です。
この頃の子供は、まだ自分で自分を守ることができません。だから、両親が必死に子供を守ってくれています。
幼少期の子供はそんな親が大好きであり、親がいなくなることが「怖い」と感じるのです。
だから、子供は自分を大切にしてくれる親を「大切にする(気を使う)」行動を行います。
これは「親のため」ではなく、「自分の恐怖を取り除くため」なのです。
この頃の子供に「恐怖」を取り除けるかどうかで、精神病予備軍となるか、健常者になるかが決定します。
子供が「親を大切にする」行動に対して、親が「愛情を注ぐ」ことで子供の「怖い」がなくなるのです。
子供は「怖い」が小さくなると比例して「親を大切にする」行動が減っていきます。
そして、次第に「怖い」がなくなると、行動を限定させる両親が「めんどくさい」と感じる「反抗期」となるのです。
「反抗期」に入ると、「行動を限定させる両親」がめんどくさいため、「自分のできることは自分でする」行動を行い、結果的に「自分で自分を大切にする力」を養い始めます。
一方、幼少期に「怖い」を取り除けなかった子供は、「反抗期」がないことになります。
すなわち、「自分で自分を大切にする力」を養えなくなるのです。
反抗期時期でも「親を大切にする」行動を行う、いわゆる「良い子」になるのです。
しかし、歳はとります。
「怖い」を取り除けなかった子供は「反抗期」を迎えることもないまま、「自活(自分で生活する)」ように両親又は世の中から放り出されます。
しかし、幼少期のままの子供は、「自分で自分を守る」ことができないので、「生き辛さ」を感じるのです。
ここからは人それぞれですが、様々な社会経験から「反抗期」へ突入する人もいれば、「幼少期」のままの人もいるのです。いづれも「生き辛さ」を感じることでしょう。
社会では「自分を自分で守る」力が必須であり、人間関係などを潤滑するために「他人を思いやる気持ち」も必要とします。
例えば、自分がほしい物がある時、相手にはお金を自分には物を提供します。
相手も自分も幸せになるシステムが構築されているのです。
すなわち、「相手も自分も幸せになる」行動こそが「自立」なのです。
だから、健常者は、自分も相手も喜べる方法で「他人を思いやる」行動を行い、人間関係を潤滑にします。
しかし、「反抗期」を迎えなかった子供は、自分を犠牲にしてでも他人を尊重して「気を使う」行動を行い、人間関係を潤滑にするのです。
このように、「生き辛さ」の原因は「他人を思いやる」行動を知らないことにあります。
すなわち、精神病の人は、「他人を思いやる」=「気を使う」となっており、常に「気を使う」行動を行うため、「自分を大切にできない」ので「生き辛さ」を感じるのです。
この「生き辛さ」は「ストレス」を生み、次第に脳が「自分で自分を大切にする行動」を強制的に行わせます。
それが、「精神病」です。
そして、「反抗期」を迎えなかった子供の場合は、本能的に「赤ちゃん」と同じような行動をさせます。
健常者は「自立」の観点から考えているのに対し、「反抗期」を迎えなかった子供は「気を使う」行動を行ってきた経験の違いにより、「お互いがお互いを理解できていない」のです。
よく両親が病気を理解してくれないという方がいますが、その原因は「考え方の違い」にあるのです。
だから、理解できなくて当たり前なのです。
お互いがお互いのことを理解できない、だからお互いに「ストレス」を作りあう原因となるのではないでしょうか?
私が妻の病気を理解できるのは、私が精神病を「経験」したからです。
自分で病気を「経験」したから理解できるのです。
そして、私が健常者の気持ちを理解できるのは、私が「健常者」になったからです。
ただ、それだけです。
私は「健常者」、そして「精神病」両方経験したから、意味を理解したいと思えるのです。
そして、もう1つの原因は「恐怖」です。
「恐怖」に負けて「気を使う」のです。精神病患者にも原因があるということです。
「相手に何いわれるかわからない」「相手に捨てられるかもしれない」などの「恐怖」をなくさない限り病気は治りません。
「恐怖」をなくすためには戦うことです。
その方法とは「相手に気を使わないこと」、そして「何があっても自分の好きなようにすること」です。そして、喧嘩した場合は自分の気持ちをしっかり話しした上で相手とじっくり「話し合い」してください。
これが「自分で自分を守る方法」になります。
「相手のために何もしないで、自分のために何かする」ことが「恐怖」に打ち勝つ方法なのです。
そうすると、おのずと「きづく」ことがたくさんでてきます。
そして、どうすればよいか道が見えた時、「自立」を手に入れることができるのです。

以上のことから、精神病の真の原因は「怖い」という感情から「逃げ出す行動(気を使う行動)」ことが原因なのです。
まずは自分が「怖がり」であることを「自己認知」してください。
ただ、自分で意識されていない方も多いです。本ブログで「きづく」お手伝いできていると幸いです。
そして、上記対策を是非お試しいただけると嬉しいです。



<介護側の対応方法例>
ここでは、私の対応方法をお伝えいたします。
基本的には、「怒らない」「話を聞く」「自分のやりたいこと以外は何もさせない」を行います。

パートナーが「あかちゃん」の状態であれば、「患者の不安を解決する」行動が「万能薬」となります。
この時のパートナーは、「見捨てられ不安」が強く、介護側へ「不快」な行動を行います。
それがDV、OD、リスカ、家出などの「自傷行為」です。
パートナーはたくさん、問題を作り出します。
介護側を「苦しめる」行動をたくさんするのです。
だから、介護側は自分を守るためにも一緒に問題を解決し、「安心」を提供することにより、「幼少期」の状態まで回復します。
ポイントは「パートナーを安心させること」です。
「安心」を与えることにより、「自傷行為」がなくなります。

「自傷行為」が減ると、「幼少期」になったことを示します。
この時期は、「頑張る時期」になります。
例えば、「○○したい」など上限なしにお願いしてくるのです。
もちろん表に示すように「相手の気持ち」など考えることができません。
「赤ちゃん状態」と「幼児期状態」の違いは、「相手を受け入れる恐怖」から「相手がいなくなる恐怖」であり、「自分の居場所はここかも・・・」と思っている状態なのです。
すなわち、「良い子」になる時期なのです。
この時期はパートナーがとても良い子なので、介護側はそこで満足してしまう方もいます。
しかし、この状態のままは「NG」です。
すぐに、「あかんちゃん」時期に戻ってしまいます。
パートナーは、見捨てられることが不安だから「気を使う」行動を行っているのです。
だから、パートナーは「自分を大切にできない」ことにより、時には動けなくなります。
パートナーは頑張れない自分に腹を立て、「悪い子だから自分に罰を与えなければならない」と思い込んでしまい、「自傷行為」にはしります。
この時期に重要であることは、「頑張らせない」ことです。
すると、パートナーは何もしない自分に対して、「恐怖」を感じます。
時に、「怒ってる?」としつこくきいてきたり、「ずっと一緒にいたい」と甘えてきたりします。
そんなパートナーに対して否定するような言葉を伝えると、「やっぱり私は駄目人間だから悪い子なんだ」と感じ、自分を責めるのです。
この時期はなるべくパートナーと楽しい時間を一緒過ごしましょう。

この時期を越えると、パートナーは「甘える」行動を始めます。これは「幼少期」と「反抗期の混合型」です。
パートナーは「安心」をたくさん受けたことにより、「自分の気持ちに素直になる」行動を行います。
「金銭的」「性行為」「一緒にいる時間」など、介護側を縛ってきます。
とことん「甘える」ため、「介護側ができない」行為をねだるのです。
この時期に介護側が大切なことは「自分がしたくないことは断る」ことです。「断る」理由は「できること、できないことがある」ということに気づかせるということです。
すると、パートナーは「怒る」行動をとります。時に「自殺行為」するので、強制的に止めましょう。
「断る」ことをしても、何度もしつこくねだってきます。
その時は「できないことはできない、ごめんね」というようにしてください。
すると、パートナーは「怒る」行動が減ってきます。
どうしてもパートナーが我慢できないことで、介護側ができそうなことは、介護側が自分を守れない時にやってあげましょう。

この時期を越えると、パートナーは「不安を自分で解決しよう」と行動し始めます。これは「反抗期」になります。
パートナーは介護側から離れて自分で不安を解決するための手段をみつけようとするのです。
いわゆる「自分探し」を始めることになります。
この頃のパートナーは介護側に対して、「イライラ」が生じます。
パートナーは介護人を必要としないようになるのです。
この時期に大切なことは「干渉しない」ことです。
これまで守っていた約束など、すべて無視し始めます。
そして、介護人を「うざい」と思うようになるのです。
この時のポイントは「相手が求める時だけ助ける」ということです。
もし、介護人に余力があれば、求めていない時に何かをすると、相手は「おせっかい」と感じるようになり、「自立したい」と感じる
ようになります。
この時期は介護人を攻撃してくるので、自分を大切にできる環境を整えておくことをおすすめします。

あなたは精神病?それとも健常者?それとも精神病予備軍?

精神病のことを本当に理解されていない人は多いかと思います。
もちろん、私もその1人かもしれません。
でも、今は以前の自分よりも理解しているという自信はあります。
だから、私の考えではありますが、「精神病」に関わる人すべてに読んでほしいと思い、書き込みを行います。

「精神病」を完治させるためには、自分は以下に該当することを「認知」してほしいです。

<精神病患者の特徴>
①自分で自分を大切にできない
②他人や環境の責任にする
③「怖い」「不安」との戦い方が「我慢」である(①につながります)
④相手のために頑張る
⑤「理性」をもつ「大人」と「感情」に支配される「子供」の中間である
⑥相手に気を使う
⑦自分が一番苦労していると感じる
⑧良い子でなければならないと感じる
⑨自分は小さい頃から他人に甘えたことがないと感じる

私の考えでは、上記1つでも持っていると「精神病予備軍」と思っています。
ということは、生きている人のほとんどは「精神病予備軍」なのです。
ではなぜ「精神病患者の特徴」なのか説明します。

<①「自分で自分を大切にできない」について>
人は動物なので、生まれながらにして「自分で自分を守る」機能をもっています。
子供は「感情」に支配されており、「大人」は「理性」により「感情」をコントロールしています。
ポイントはなぜ子供は「感情」に支配されるのか?です。
これは「理性」で「自分で自分を守ることができない」からです。
だから、子供は「相手に自分を守ってもらう」機能である「感情」に支配されます。これが生きる上で動物がもっている「本能」なのです。
「感情」は他人に迷惑ばかりかけるので、親以外は余裕がある時しか助けてくれません。
しかし、どんな親でも子供の「感情」に向き合ったという事実があるからこそ、みんな大人になっています。
親は「自分で自分を守り、かつ自分が子供も守る」事を行っているので、子供の「感情」にすべて付き合える人はいません。
でも、子供はそんなの関係ありません。
なぜなら、親の気持ちなど理解できないからです。
だから、子供は「自分で自分を守ろう」とします。
しかし、行動の多くは周りに迷惑をかけることにつながり、周りからしかられます。
人付き合いの苦手な人は自分で自分を守ることができないからです。
「感情」を受け止めてくれる人など周りにいません。
なぜなら、周りに迷惑をかけることが多いからです。
唯一許してくれるのは肉親とお付き合いしている人だけです。
だから、人は愛されたいと感じます。
話は脱線しましたが、ここでいいたいことは「自分で自分を守る」ためには行動しなければなりませんし、「失敗」が多く、たくさん「失敗」することにより「成功」を手に入れられるのです。
「自分で自分を大切にする」ことは完全にできる人は少ないです。
でも、「成長」することにより、「失敗」する回数は減ります。
大人は皆、「成功」を手に入れるために「怖い」「不安」と戦っているのです。
これは「自分で自分を守る」ためです。
「自分で自分を大切にする」ことができない人は「感情」に支配されます。
これは「自己防衛機能」であり、子供限定ではありません。
悪魔で「理性」で「自分を守れない」から「感情」が強制的に「自分で自分を守ろう」とさせる機能なのです。
しかし、「感情」による行動は「相手に害を与える」ことが多く、「感情」に支配されている自分を嫌います。
この状態を「精神病」というのです。
こうして、自分で自分を守れない人は「感情」に支配され、周りの人に迷惑をかけて生きているということになります。
だから、自分で自分を大切にできない人は感情に支配されるため、精神病の特徴なのです。

<②「他人や環境の責任にする」について>
人は「不安」「恐怖」「怒り」など嫌な感情を取り除くために「逃げる」行動を行います。この逃げる行動こそが「人の責任」「環境の責任」などの責任転換なのです。
「不安」や「恐怖」や「怒り」は、「感情」に支配されている状態であり、「逃げる」行動をとらせます。
ここで、自分に厳しい人は「感情」と戦います。
戦わず、他人の責任にしている人は甘えているだけです。
なぜなら、「感情」は自分の感情であり、周りは何も感じません。
だから、「感情」を取り除くのは自分で行うしかないのです。
人は赤ちゃんでも「自分で自分を大切にする」行動を行います。
ただ、手段が「感情」であるか「理性」であるかの違いです。
精神病の人は「感情」により、「自分で自分を守る」事を行っており、「理性」はそんな自分を否定する「自分を自分で傷つける」行動を行うことにより、「死にたい」と感じます。
だから、精神病の人は「理性」で「自分で自分を大切にする」方法を見つけ出すしかないのです。
見つけ出すには「他人の責任」「環境の責任」にしても、自分以外まかせであり、「やってもらう」ことになるのです。
これでは、「理性」は成長できません。
だから、「自分がどうしたらできるのか?」だけを考えるのです。
「感情」によって強制的に考えることもあります。
その時は「感情」によって行動されたことを「理性」は否定してはいけなせん。
「苦しい」ならば、「理性」で自分を守るしかないのです。

<③「「怖い」「不安」との戦い方が「我慢」である」について>
もし、「相手に怒られる」ことが「怖い」から「相手のために自分が頑張る」人は「自分を自分で大切にできない」人です。
この頑張るの多くは「我慢」にあります。
「我慢」は「相手を大切にして自分を大切にすることができない」行動であるため、「生き辛い」と感じます。
だから、精神病になると「我慢」ができなくなります。
「我慢」は「自分を自分で大切にしない」行動なので、「安心」をすぐに手に入れない時のみ使用します。
すなわち、「自分で自分を大切にできる」人が行える行動なのです。
すると、「安心」を大きくすることができるのです。
「小さな安心」を「大きな安心」にする効果があります。
しかし、「感情」に支配されている人は「不安」「恐怖」んどから「逃げる」行動になってしまいます。
大切なことは「我慢」ではなく、「何をしたら怒られるのか?」をはっきりすることです。
「自分で自分を守る」方法が「何をしたら怒られるのか?」を理解することです。
「怒る」は大きく2種類の意味があり、1つは「あなたのため」、もう1つは「自分を守るため」です。
相手が貴方の為の場合は、貴方の考え方が間違っている可能性が高く、「怒られたのはなぜ?」をはっきりさせる必要があります。
「なぜ?」が明らかになると、自分が間違っていることに「きづく」ことができ、「自分で自分を大切にする」力を強くすることができます。
一方、「自分を守るため」の場合は貴方様の行動が相手を傷つけたことになります。
「なぜ?」を明らかにすることにより、「相手が怒る」を防ぐことができますし、「我慢」しなくても良い方法をみつけることができるのです。

<④「相手のために頑張る」について>
人は動物です。自分のために頑張れても、相手のために頑張ることはできません。
しかし、人には「理性」があります。
この「理性」は「周りが自分を助けてくれている」ということを理解しているからこそ、「相手のために頑張る」ことができるのです。
「恐怖」などの理由で頑張るのではなく、正しくは「感謝」を相手に伝えるために「頑張りたい」と思う人が可能とする行動なのです。
正しく表現すると、「自分で自分を大切にできるのは周りのおかげでもある」と思える人だけ行動してください。
もし、「恐怖」などから「相手のために頑張っている」人は「見返り」を求めたくなります。
なぜなら、「やりたい」ではなく、「やってあげている」からです。
頑張っているから、「見返りを求める」のです。
相手のために頑張るための条件は「自分で自分を大切にし、さらに相手も大切にする」ことができることになります。
ただ、「自分を守るために相手を大切にする」人は「相手に甘えている」だけなのです。

<⑤「「理性」をもつ「大人」と「感情」に支配される「子供」の中間である」について>
これは、困った時に「感情」で行動する人です。例えば、「イライラする」と感じたら、周りにあたってしまう人のことをいいます。
これは①がうまくできないからです。
①ができる人は人に対して「イライラ」「不安」「恐怖」など負の感情をもちあわせません。
もし、「不安」「イライラ」「恐怖」を感じても、相手に「理由」を確認し、どうしたら「安心」できるか周りから見ると冷静に判断しているようにみえます。

<⑥「相手に気を使う」>
これは「他人」がからむと、「気を使う」行動を行ってしまう人のことです。
「気を使う」は「自分で自分を大切にできない」行動です。
しかし、最初は相手のことを知らないので、誰でも「気を使う」事を行います。
これは相手から「嫌われたくない」と思う「自分で自分を大切にする」気持ちがあるからです。
ここで、相手の話を聞き、理解できる人は「気を使う」事を止めます。
精神病の人に多いのですが、「大切な人を失わないため」である人は「認知のゆがみ」です。
これは「自分に自信がない」から、「気を使う」のです。
しかし、誰にでも平等に、「必要なこと」「必要でないこと」をはっきりすることにより、「気を使う」ことを止めることができます。
ただ、周りは精神病の人に「気を使う」人が多いです。
この理由は「意味がわからない」jからです。
だから、周りは「自分で自分を守るだけでなく、相手も守れる」人でなければ、精神病の人と向き合うことはできません。
精神病の人と一緒にいると精神病が伝染する理由は、ここにあります。
精神病の人と一緒に入れる人は「本当に相手を愛している人」意外無理なのです。

⑦「自分が一番苦労していると感じる」について
これは「認知のゆがみ(勘違い)」です。
まず、健常者でこのように考えている人は1人もいません。
「勘違い」である理由は、「苦労」と感じる感情は、自分以外誰もわからないものであり、比較することができないことを知っているからです。
それに、「苦労」は「恥ずかしい」と感じるものです。
なぜなら、「周りは簡単に乗り越えられるかもしれない」と感じるからです。
「自分が一番苦労していると感じる」と言葉に出す人は自分に自信がない人なのです。
本当に苦労している人とは「周りからはどうみられるかわからないけど、相手のためになれば嬉しい」と感じられる人です。

⑧「良い子でなければならないと感じる」について
これは「与えてもらう」ことが体にしみついた状態です。「愛情」「寂しい」「不安」「恐怖」など自分で守ることができないから、相手に求めているのです。
しかし、求めることが悪いことではありません。
それこそが「普通」なのです。
しかし、「自分が相手のために何かしたい」と感じるのではなく、「相手のために頑張らないといけない」と感じる人は「貴方を必要としてくれる人」しか貴方の期待に答えてくれません。
それも「普通」なのです。
あなたのためだけにやってくれる人などこの世に自分だけです。
それも「普通」なのです。

⑨「小さい頃から自分は他人に甘えたことがないと感じる」について
そんな人はいません。
100%「認知のゆがみ(勘違い)」です。
「自分は他人に甘えたことがないと感じる」理由は、「周りが助けてほしい時に助けてくれなかった」と感じているからです。
しかし、他人には「できること」「できないこと」があります。もし、あなたが「相手にはできないこと」であれば、できないものをねだっていることになり、「甘えている」だけなのです。
 お金に依存したり、セックスに依存したりなど依存しやすい人は「他人に甘えたことがない」と感じるでしょう。
正しく言えば、「甘えている」ことを認めたくないだけなのです。
本当はたくさん「甘えている」状況です。生きている限り甘えていない人は存在しません。これが事実です。
ただ、「甘えていない」と感じることも事実でしょう。その理由は、「相手の状況を理解していない」だけなのです。
それをいつの間にか、周りの責任に押し付けることで、「甘えていない」と感じるのです。

①から⑨まで、精神病の人には「辛い事実」を記載しました。しかし、このことから目を背けても「生きやすい」は手に入りません。
みんな同じように「苦労」を乗り越えて大きくなっており、精神病の人は少し人よりも「自分で自分を大切にできない」だけなのです。
できないことは誰にでもあります。しかし、そこには必ず理由があります。
精神病を乗り越えられない人はその理由もあるのです。
それは「自分が自分を大切にする」ことです。
そのやり方がわからなければ、できる人の真似をするしかありません。
これは真似することにより、自分がなぜできないのか明らかにすることです。
周りは「苦悩」する貴方を助けてくれます。
度合いはありますが、悪い人間などほとんどいないのです。
悪い人間のほとんどは「自分で自分を大切にすることが苦手」なだけです。
できないのは仕方ありませんが、できないことは事実であることもかわりありません。
だったら、「できるようにする」以外に答えはありません。
「愛情」は「できるようにする」お手伝いにはなりますが、「できるようにする」のは自分次第です。
例え逃げても、待つのは「苦しみ」です。
だったら、戦ってみませんか?
「自由」を手に入れませんか?
「自由」とは「理性」を成長させることで手に入れることができます。
いかに「理性」を成長させるか?ただそれだけで、「幸せ」が簡単に手に入ります。
難しいことはありません。
あなたにも、その力必ずあります。
もし、くじけそうになった時はどうすればよいのかわからないだけなのです。
人は「絶望」により、「死にたい」と感じます。
これは「幸せにはなれない」と感じるからです。
しかし、事実は「幸せになろうとしていない」だけなのです。
自分では頑張っているはずです。
でも、頑張れば「幸せ」が手に入るわけではありません。
逆に言えば、頑張らなくても「幸せ」は手に入れられます。
ただ、頑張る方が「幸せをたくさん手に入れやすい」だけです。
だったら、自分の考えにこだわらず、自分は生まれ変わった気持ちで「正しい頑張り方」を学んでみませんか?
私は幸せです。
これは自分で自分を大切にする力をたくさん磨いたからです。
おそらく、精神病の人には私の意味がわからない人が多いと思います。
なぜなら、「経験」したことがないからです。
だから、「私には無理」と思うのです。
本当はできます。
精神病の人は頑張り屋が多いです。
でも、頑張り方が間違っている人も多くいます。
正しく頑張れば、「苦労を乗り越える」ことができ、「苦労の少ない人」よりも「自信」と「幸せ」を手に入れることができます。
「普通」とは「幸せ」のことです。
「生きやすい」も「普通」のことです。
「金持ち」は「難しい」ことです。
「普通」は身体障害者意外の人ならば、必ず手に入れることができます。
「自分で自分を守る」だけで「幸せ」になれますし、「自分も周りも守れる人」はもっと「幸せ」になれます。
手に入れられるはずの幸せを捨てないでほしいと私は思います。

精神病患者が結果を出せない理由、そして改善へ

精神病は「自分で自分を大切にする」ことができない病気です。
 そして、「自分で自分を大切にする」ためには、「自分に自信をつける」ことが必要になります。
 これまで、私は「自信をつける」ためには、「成功体験」が必要とお伝えしました。
 私の妻の場合は、「医療事務の資格取得」という「結果」をだせたことにあります。
 しかし、精神病の人は「自信がない」状態であり、「自分ができない」と感じることを「できるかもしれない」と思うようになるまで、いくつか課題が生じます。
 私の妻の例でいえば、「資格を取得する」ためには「試験を受ける」必要があります。
また、「試験を受ける」だけでなく、「勉強する」必要もあります。
「勉強する」環境を得るために、妻は「学校にいく」という選択肢を選びました。
「学校に通う」ということは、自分で学校までいかないといけません。
妻は「自転車で学校に通う」という選択肢を選びました。
このように、結果を得るためには「複数の課題」が存在し、かつ妻が「不安」と感じればそれ以外の問題もでてくることになります。
では、どうやって「結果」を得ればよいのでしょうか?
皆様もお気づきでしょうが、問題を1つ1つ解決(これも成功体験)するしかありません。
「不安」には必ず「原因」があります。例えば、妻の場合は「学校にいけない」ことがありました。
その理由は、「勉強がついていけなくて不安だ」というのです。
しかし、妻は勘違いしています。
妻が学校いけないと「鬱状態」になりました。
その時に本音がでるのです。
妻は私に「車があれば学校にいけるのに、学校いけないのは車を持っていないからだ。私の車がほしい。」というのです。
妻が学校にいけなかった真の理由は「楽に学校へいけない」ということだったのです。
鬱状態(感情)とは全く異なる理解を妻の「理性」はしているのです。
これが「認知のゆがみ」となり、「妻の自信」を奪っていく原因となります。
このように、病気になっている本人は、「理性」と「感情」で考えることが異なります。
異なる理由は、「人に嫌われたくない、自分は傷つきたくない」という「本能」が「楽に学校へいきたい」と感じる「感情」を「悪い子」と感じてしまうため、「理性」は「感情」を抑えて「良い子」を演じるのです。
そして、妻のような境界性人格障害は「良い子」=「自分の意思」と思ってしまい、「感情」で感じることを「我慢」することになります。
すなわち、「自分で自分を守れない」状況になるのです。
このような場合、介護者が患者の病気を治すサポートをするには、相手の「感情」を理解する必要があります。
本人は「感情」=「悪い心」=「もってはいけない危険な考え」というように感じているため、本人は鬱状態にならない限りいいません。
本人が悩みをうちあけないのですから、介護者は自分で「きづく」しかないのです。
「きづく」ことができれば、患者本人と一緒に問題を解決することができます。
すなわち、介護者が患者をサポートする方法は、「患者の気持ちを理解し、一緒に解決する方法を考えること」になるのです。
 私の妻のように、「本音」を話すことができない、又は気づいていない患者の場合は、「鬱状態」にさせる必要があります。
なぜなら、介護者は神様ではないので、相手が本音を語ってくれなければ、どうすればよいのか理解できません。
だから、「鬱状態」にさせることで「本音」を自分の意思でいわせることになります。
 患者本人が「本音」を介護者に話せる人は、介護者に迷惑をかけずに「病気を早く治す」ことができます。
このように、患者本人が「本音」を話せることを「自分で自分を守る」行動といいます。

 「恐怖(相手に嫌われたくない)」という「不安」に対して、患者本人の「理性」が「我慢させる行動」から「不安を取り除く行動」に切り替えることができれば、病気完治となります。

私の妻の場合は「私から車を借りる」という行為が、「駐車場代がかかる」や「私が自転車で会社にいくことになる」などの「不安」を作り出し、「我慢する」行動を行ってしまいます。

だから、私は「車でいきなさい(私に負担かける行動)」「タクシーでいきなさい(お金をつかう行動)」と妻が「恐怖」と感じる行動を半強制的にやらせました。

このように、妻が望んでいることを私が進んで行わせることにより、「車で学校にいく」≠「恐怖」と感じれるようになったのです。

ここで、「車で学校にいく」のは、「学校にいくこと」に対する「手段」であり、妻は「手段」に悩まされ、学校にいくことが困難になっています。

精神病患者は「手段」で「不安」を作りだすため、「健常者の理解が得られない」のです。

私は妻に対して、「学校にいくこと」を目的としているのだから、「手段は何でもいい」といっていました。

 しかし、妻は自分で作り出した「手段に対する不安」があるため、妻の考える「手段」は「手段に対する不安」を取り除く手段「自転車で学校に行く」に限定してしまうのです。
 この「不安」に対し、妻は「手段の効率」を重要視してしまっていることになります。
確かに、「学校にいく」・「お金をかけない」・「私の負担を小さくする」という結果が得られます。
 しかし、妻は「結果」が得られるまで「学校にいけないかもしれない」という不安と、「自転車で学校に行けないかもしれない」という不安を抱えながら妻は行動しなければならないのです。
このような妻の行動を「頑張りすぎ」といいます。
「目的」は「学校にいくこと」なのですから、まずは「学校にいくこと」を実現する方法を見出すことのみ考える必要があります。
なぜなら、「自信」がなければ「行動」できないからなのです。
妻は「学校にいく」という「自信」もないのに、さらに「お金をかけない」・「私の負担を小さくする」という問題を同時に抱えていることになります。
だから、妻は「生き辛い」と感じて生きているのです。
「生きやすい」を得るためには、「1つ」に絞ることです。3つ同時は大変難しいですが、1つだけならば、3つよりも小さい苦労ですみます。
 「すべて同時に解決する」という「手段の効率」が妻を苦しめ、「結果」が得られにくい原因となるのです。
 「生きやすい」と感じるためには、問題を減らすことが重要です。
そのためには複数同時に解決する「手段の効率」ではなく、1つ1つ確実に問題を解決する「結果の効率」を重要視することを妻に気づいてほしいのです。

 ようは、妻の考える「手段」は「頑張りすぎ(手段の効率)」であり、「行動」することはとても大変です。
そして、妻の考える方法は頑張らないといけないので、「頑張れないかもしれないという不安」を自分で作りだしてしまいます。
すなわち、「自分で自分を守れない」につながるのです。
だから、私は「目的を達成する手段」のみに限定するこそが、「安心」をすぐに手に入れることができ、長続きできると思うのです。
「結果」がえられるが納得できる「手段」をみつけることができると、「学校にいくこと」ができることを教えたかったことになります。
そして、「学校にいかない」=「恐怖」であり、「学校へいけない」≠「恐怖」とし、「自分が満足できる手段」を見つけられれば、「学校にいくこと」ができるのです。

 妻の場合は、「目的を達成する手段(車又はタクシーで学校にいく)」を実行させると「学校にいくことは自分にできる」と「自信」をもてるようになりました。
面白いことに、すぐに「お金をかけない」や「私の負担を小さくする」という問題に注目することができるようになり、「車で学校にいく」から「自転車で学校にいく」に成長することができたのです。

  私がここでいいたいことは、「自信」がなければ、「できないかもしれない」と「不安」を自分で作り出し、その「不安」を取り除くことができなければ、「結果(学校へいくこと)」を出すことができないのです。
 「不安」は「目的」の数だけ存在します。
 妻の場合は、「学校にいくこと」以外にも、手段の効率の観点から、手段を「目的」としてしまい、「経費削減」と「夫負担の軽減」も追加していることになります。
 1つの目的が3つに増えることにより、妻は人の3倍の不安を抱えていることになります。
 この不安の数が「頑張りすぎ」につながっていることに、私は早く妻にきづかせてあげたいです。
なぜなら、今よりも3倍楽になるからです。
 精神病の人は「自分に対する自信」がなくなった状態であり、「頑張らなきゃ」と考えすぎます。
 精神病患者は頑張るために「手段の効率」によって、自分の行動を限定してしまい、「不安」を自分で作り出してしまうことにあるのです。

よく本に精神病患者の特徴として「頑張りすぎ」とあります。
そして、「頑張れ」は禁句といいます。
それは「手段の効率」で頑張らないといけないと思い込んでいるからなのです。
「結果」ではなく、「手段の効率」を重要視するあまりに「結果がだせない」というリスクをしょいます。
そして、「手段」が「目的」となると、妻の場合は「学校に行くこと」「経費削減」「私の負担を減らすこと」すべてを同時に解決しなければ、足りない(安心できない)と感じ、「安心」を得るために「もっとがんばらなきゃ」と思ってしまうのです。
私が妻に望んでいることは「学校にいくこと」だけです。
だから、「経費削減」や「私の負担を減らすこと」は私は望んでいないので、妻を怒ったりしません。
妻はそれでも「やらなければ怒られる」と感じているのです。
その理由が「見捨てられ不安」です。
「愛情」を理解できなかった大人は「手段の効率」をやらなきゃいけないと感じているのです。
課題は1つしか解決するべきではありません。
その理由は課題1つにつき「1つの不安」が存在するからです。
同時に抱え込むと、自分ができるという「自信」をえることができません。
だから、最終的には「生き辛い」しか残らないのです。
精神病患者には是非、1つ1つ課題を解決する「結果の効率」を重要視してほしいと願います。
そうすれば、「自信」を自分で作り出し、「自分で自分を守る」ことができるようになるからです。
「成功体験」の意味は「1つの課題を解決する」ということです。
決して、同時に解決する「手段の効率」は「生き辛い」だけであることをご理解いただけると幸いです。

「自分の考え」と「事実」の切り分けの重要性!!

ここでは、「自分の考え」と「事実」の切り分けの「必要性」についてお話いたします。

みなさんにお聞きします。
「体がだるい」と感じた時、どのような行動をとりますか?
以下の選択肢から、近いものを選んでください。但し、精神病の方は精神病になる前だったらどうしていたのかで判断してください。

①とりあえず、内科にいってみる。
②風邪だろうと思い、薬飲んで寝る。
③体温計で熱をはかり、その結果をもって行動内容を決定する。


これだけの質問で確証はいえませんが、選択しによって次のようなタイプ別に別けれることができます。悪魔で私個人の意見であることをご理解ください。

①を選ぶ方は、最初から専門家に正しく判断してもらいたいという方、又は早く良くなりたいから病院で薬をもらいたいという方が多いでしょう。
②を選ぶ方は、「体がだるい」≒「風邪」と考え、「安静にすれば治るだろう」と考える方が多いでしょう。
③を選ぶ方は、「体がだるい」=「風邪」であるか確認するため、「風邪の特徴」である「発熱」を測定し、その結果によって行動内容を決定する方が多いでしょう。
選択した番号が私の記載したような理由の場合、次のように性格をタイプわけすることができます。
①は「人に甘えるタイプ」、②は「思い込みタイプ」、③は「自分で自分を大切にするタイプ」です。
特に、①と②は比較的に「精神病にかかりやすいタイプ」なのです。
③<①<②の順で精神病にかかりやすくなります。
①と②を選んだ方は「息苦しい」考え方をしており、自分の行動を「自由」よりも「限定」して生きてしまう可能性が高いのです。
もし、①と②を選んだ人で、「生きやすい」と考える人はそのままでもよいかもしれませんが、精神病になると一生ぶり返したり、完治できなかったりしやすいです。
以下、判断基準について説明します。


①は「自分で考える」ことに苦手意識をもつ傾向があります。
その理由の多くは「何を考えればよいのかわからない」であり、「何を考えればよいのかわからない時にどうする?」ということを見出せていない人に多いようです。
このようなタイプは「自分で考える」ことが不得意であるため、自分のわからない問題が起きた場合は「受動的(~してほしい)」と考える傾向があります。
しかし、人は「自分のことは自分でやる」ことが当たり前なので、相手は「助けるメリット」がない場合は助けてくれません。
今回の場合は「医者にみてもらう」ですが、相手のメリットは「お金」に相当します。
このように、①のタイプは「自分で自分の問題を解決する」ことが苦手であり、「不安」を「溜め込む」癖があります。
①のタイプは「精神状態が子供である」ことが多く、「アダルトチルドレン」の傾向があるという自覚を持っていた方がよいようです。
但し、学生は健常者でもこのような傾向が強いようです。

②は「勘違いしやすい」傾向があります。
「風邪」と判断するには、「根拠」が必要です。
しかし、「だるい=風邪」は「自分の考え」であり、事実ではありません。
「だるい」=「風邪」と考えているため、「風邪の治療」を頑張るものの、「実は風邪ではない」時に「気づく」ことが遅いため、「無駄なことをした」と「イライラ」を自分自身で生みやすい性格なのです。
②のタイプは「認知のゆがみ(思い込み)」が多いため、「人格障害」になりやすい傾向があります。

③は「自分で自分を守る」傾向があります。
「だるい(事実)」=「風邪(推測)」であるため、風邪の特徴である「発熱」を計測し、「だるい」≒「風邪」である証明を行うのです。
もちろん、「発熱=風邪」でないことを理解できていれば、例えば「2週間微熱が続く」時は別の症状を疑うこともできます。
もし、「肺炎」であれば、「肺炎の治療」に対する対策をとることができるなど「臨機応変の対応が可能」となります。
もちろん、②のタイプとは異なり、「だるい≠風邪」ではない原因が「肺炎」であることを理解したので、これまで「風邪の治療」を行っていたことを「イライラ」することはなく、「正しい判断ができた」という「満足感」が得ることができ、「嬉しい」という感情を生むことができます。

人は「結果」を求めます。しかし、人は「良い結果が得られる(納得)」と確信できた時に、「安心」を得ることができます。
ですから、「納得」こそが「安心」を作り出す大きな武器なのです。
「納得」は「プロセス」であり、「結果」を得られなくても「安心」を作り出せるのです。

しかし、①や②のタイプは、「納得」=「結果」と考えてしまい、「結果」がえられなければ「安心」できないように自分でしているのです。
特に、「不安(本例では体がだるいこと)」を解決する時間が短ければ、①~③タイプに属していても問題ないのですが、「不安」を解決する時間が長いことが問題になります。
「不安」は「負の感情」であるため、誰でも早く取り除きたいと考えます。
しかし、③のタイプは「プロセス」で「安心」を得ることができますが、①と②は「結果」が得られないと「安心」を得ることができないのです。
③のタイプは「プロセス」で「安心」を得ることができるので、「病状と治療方法」が明確になるだけで「安心」が得られます。
一方、①と②のタイプは「結果」が得られないと「安心」できないため、病気が治らないと「安心」できないのです。

以上のことから、①と②のタイプは「自分は我慢している」と感じやすい性格になるのです。
ここから、①と②のタイプは「ネガティブ」思考になりやすいのです。
なぜなら、「結果」が得られるまで、「辛いことを我慢する」ということを実行しているからなのです。
「我慢」は「辛いこと」であり、精神的に辛いことでしかないのです。

一方、③のタイプは「プロセス」を探すために「事実を明らかにする」必要があります。「だるい」が長引いた場合も「何の病気なのだろう?」と考えることを実行します。
「我慢」ではなく、「納得」できる手段を探しているのです。
「納得」は「嬉しいこと」であり、精神的に楽なことなのです。

以上のことから、「プロセス」を重視すると「納得」を探すことができるため、「だるい」ではなく「納得」できれば「安心」を作り出すことができます。

しかし、「正しいプロセス」を理解するためには、「事実」と「自分の思い」を切り分けする必要があります。
もし、②のタイプのように、「だるい」=「風邪」だと考えてしまったら、「風邪の治し方がわるいのではないか?」と考えてしまうことがあり、「風邪の治し方」を色々と考えて実行するのです。
しかし、「肺炎」であれば、「効果のない行動」となることがあります。
ですから、私は苦労しやすい原因はこの「思い込み」によるものと考えます。
例え、病院へいったとしても、「診断ミス」がある場合もあります。
「風邪」とご診断することもあるのです。
例えば、「レントゲン」をとっていれば、「肺炎」と自分で判断することも可能です。
しかし、本人が「レントゲンをとって、肺の写真をみる」という手段をしらなければ、見出すこともできません。
わかりやすくいえば、耳が痛いのに整骨医院にいっても、「(骨と神経には)問題なし」といわれるだけであり、「病院へいく」だけでは何の意味もないのです。
今回の例でいえば、「事実」は「だるい」だけです。「だるい」のは「体に異常がある」ことも「事実」です。
このような事実が「正しい治療のプロセス」をきちんと行動しなければ、「結果」も得ることができないのです。
1つ行動するとなんらかの「事実」が必ずわかります。
その「事実」をうけとめることこそ、「結果」が得られることにつながるのです。

精神病が長く続いている場合は、治し方に問題が必ずあります。
「療養」「薬を飲む」「病院に通う」すべて「手段」です。
それでも長い間うまくいかない時はすべて「正しいプロセス」ではないのです。
上手くいかない時は常に「どうすればよいのか?」という方法を複数もつと効果があります。
イメージは「研究開発」のようなものです。
「行動」は「正しいプロセス」を見つけやすくする「手段」です。
「正しいプロセス」がみつかれば、必ず精神病は治ります。
行動をするたびに、「結果」がえられます。
この行動の結果が、「結果がえられない」だったとしても、「正しいプロセス」に近づくためのヒントになります。
なぜなら、この方法では「効果が少ない」という事実がわかったからです。
例えば「リフレックス(抗鬱薬の1種)」がきかなければ、リフレックスがきかないだけではなく、次のような考えももってほしいのです。
リフレックスはSSRIであり、セロトニンを取り込みやすくする薬である。
自分はリフレックスが効果が少ないということは、セロトニンをつくることができないというわけではない(事実)。
鬱病はメカニズムがよくわからず、推測しかない(事実)。
その推測は、セロトニンだけではなく、ドーパミん不足説もある。
だったら、ドーパミンも試してみたい。
上記は「薬」の例でしたが、「薬」は医者に任せて、効率を考えて別の観点で考えてみようということもありだと思います。
私はここに色々と自分の考えを記載していますが、悪い言い方ですが妻に試して得られた結果を事実と推測(メカニズム)に分けて記載しております。
私の結論は、「薬」は「病状を減らす」ために飲ませ、「病気を治す」には「自分で自分を守れるようになる」にさせることです。
これは私が2年半かけて妻と行動した「結果」からわかったすべて「事実」なのです。
即効性のある「治療方法」は見出せておりませんが、上記記載の事実を達成するための「手段」を常日頃考えています。
私の場合は「自分で自分を守る」ことはできますが、妻に対して「支える」ことしかできません。
しかし、私が死んでも妻は1人でいきることになります。
そのことを考えると、私は妻に「自分で自分を守る手段」の力を身につける手助けすることが、今の私が妻のためにできることです。
結果主義である今の妻は、私の思いをどのぐらい理解してもらえているかはわかりません。
「結果」と違って、「プロセス(考え方)」は妻自身で作り出すものなので、私が頑張っても、私の頑張りは目にみえません。
しかし、妻が「自分で自分を守る」力をつけられれば、「未来」は自分で切り開くことができ、「ずっと幸せ」を感じることができるのではないかと私は信じています。
 
 私は妻に「ずっと生きやすい」と感じてほしいです。
だから、私はこれからも妻を支えていこうと思います。
これが、私の考える「妻への永遠の愛の証」です。




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よっし~2

Author:よっし~2
 精神病の彼女と僕が精神病を乗り越えて結婚までを描いた日常を「ドラマ」に記載しております。今では彼女から妻へ変わり、さらに病状は日々改善しております。
 その際、介護側である私が思いついたことや、病気の紹介などを「治療方法」に記載しております。
  2013年2月より「精神病の彼女と僕 ~私と彼女が幸せを掴むために~」が「まぐまぐメルマガ」でデビューすることになりました。
 もちろん、本メルマガは無料であり、週間となっております。ご興味のある方はご登録のほどお願いいたします。
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